長文集  9月4週  ○タケとササは花が違う  ni2-09-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/14 15:00:00
 【1】タケとササは花が違うと聞いても、
そもそもタケとササに花が咲くの? と思わ
れる方も少なくないだろう。もちろん、タケ
にもササにも花が咲く。タケやササは風で花
粉を運ぶ風媒花で、イネによく似た花を咲か
せる。【2】ただし、タケが花を咲かせると
いうことはほとんどない。タケの花にお目に
かかるチャンスはきわめて少ないのだ。
 一説には「タケは六十年に一度花を咲かせ
る」といわれている。【3】実際にモウソウ
チクでは六十七年、マダケでは百二十年の周
期で花を咲かせたという記録もある。
 世にも珍しいタケの花。ところが、タケの
花が咲いた後、竹林には奇妙な現象が起こる
。一面に広がっていた広大な竹林がいっせい
に枯れてしまうのである。
 【4】しかし考えてみれば、これは不思議
でもなんでもない。植物のなかには何度も何
度も花を咲かせる多回繁殖性の植物と、一度
花を咲かせて種子を残すと枯れてしまう一回
繁殖性の植物とがあ る。【5】たとえば、
ヒマワリやアサガオなどは花を咲かせて種子
を残すと枯れてしまう。タケも花が咲いて枯
れる。これは、ごくふつうのことである。た
だ、タケの場合はその周期が途方もなく長い
というだけなのだ。
 【6】タケは地下茎で伸びて増えていくか
ら、無数のタケが生えた広大な竹林が、すべ
て地下茎でつながった一つの個体ということ
も決して大げさな話ではない。【7】つまり
、一本のヒマワリが花を咲かせて枯れるよう
に、タケが花を咲かせて枯れるということ 
は、竹林全体のタケが枯れてしまうことにな
るのだ。そうはいっても、いままで夏も冬も
青々としていた竹林が、いきなり枯れだすの
だから、大変である。【8】そのため昔の人
は気味悪がって、タケに花が咲くのは天変地
異の前触れだといってひどく恐れたのであ 
る。∵
 ところが、である。どうやら、それも昔の
人の迷信とかたづけるわけにもいかないよう
なのだ。【9】タケやササが花をつけると、
実際に恐ろしいことが起こることが知られて
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いるのである。
 タケやササが花を咲かせた後は、無数の種
子ができる。そして、この種子をえさとする
ネズミが大発生してしまうのだ。【0】ネズ
ミの妊娠期間はわずか二十日。一匹のネズミ
は十匹の子どもを出産し、生まれた子どもは
わずか五十日で成獣となり繁殖能力を持つと
いうから、恐るべき繁殖能力である。ただ、
通常はえさの量が限られているから、えさに
ありつけずに死ぬネズミも多く、ネズミの数
は増えすぎることもなく保たれている。しか
し、えさが豊富にあ り、すべてのネズミが
死ななかったとしたらどうなるだろう。文字
どおりネズミ算式に増加し、数カ月のうちに
百倍くらいには平気で増えてしまう。そして
、増えすぎたネズミはタケやササの種子を食
い尽くし、やがては田畑の農作物を食べ荒し
て、ついには人々が大事に蓄えた穀物をも食
べ尽くしてしまうのである。こうして、タケ
やササの花は飢饉の原因にもなってしまうの
だ。
 どんな植物でも花が咲くのは待ち遠しいも
のだが、どうやらタケやササだけは別のよう
だ。どうぞ、今年もタケやササに花が咲きま
せんように、と短冊に願いをかけるとしよう


(稲垣栄洋『蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか
』(草思社)による)