長文集  4月1週  ○新しい様式を創造するということは  nnga-04-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2017/03/14 10:49:29
【長文が二つある場合、音読の練習はどちら
か一つで可。】
 【1】国境を越えて移動する人々にとって
、連続性の保証はなによりも強く希求すると
ころとなる。【2】なかには、抑圧的な社会
体制から逃れることを一つの目的とし、憧れ
の新しい世界を求めて居を移す者たちもいる
が、それでも知己、親戚などのつてを頼り、
同国人あるいは同民族コミュニティの中に迎
えられることを願う者は多数であろう。【3
】先にあげたアルジェリアのカビール地方の
向仏移民たちが「フランスは初めて踏む土地
ではない」と思い込んでいるということは、
この連続性の想定であり、もっといえば連続
性への願望であろう。【4】いくぶんともそ
のような想定をもつことなしには、移動とい
う行動がそもそも起こりえないだろう、とい
うことはすでに述べた。連続性想定の機能的
意義は大きい。
 【5】しかし、こうした連続性の想定の上
での移動は、また、移民たちの生活をさまざ
まに限界づけてしまう。そのもっとも顕著な
例は、言語へのかれらの態度である。【6】
かつてトルコの東部から連鎖移民的にドイツ
の町々にやってきた移民たちは、「ドイツ語
ができなくとも、トルコ人の先住コミュニテ
ィに迎えてもらえばなんとかなる」と思い、
ドイツ語を学ぶ労もとらずドイツに住み着い
た。【7】たしかにコミュニティの中で生活
しているかぎり大きな不自由はないが、そこ
から外へと人間関係を広げていくことはほと
んどできない。職場の中でのかれらの位置も
、トルコ人を同僚とする限られた地位にすぎ
なくなってしまう。
 【8】言語に関しては、旧植民地から旧宗
主国にやってきた移民の場合に、連続性の幻
想がかえって一個の陥穽となるおそれがあ 
る。【9】たとえばアルジェリアからフラン
スへの移民には――少なくともこの国のアラ
ビア語化が本格的に始まる以前の六〇年代の
来仏者には――「フランス語は使えるから、
問題はない」という思い込みがあった。【0
】だが、かえってその思い込みのため、フラ
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ンス語を学ぶという動機づけが弱く、夜間の
講座に通うなどの労もとらず、そのため来仏
後の進歩がはかばかしくない、という問題を
生じていた。じっさい、彼らが「フランス語
には問題はない」というのは、せいぜい日常
会話のそれであって、言語資本としては貧し
い。フランス語の読み書きは心もとなく、自
分で手紙を書くことはもとより、新聞を読む
こと、職場で操作マニュアルを読むことも困
難なのである。∵となると、いざ職場で技術
革新がおこなわれ、新しい技術システムが導
入されるときなど、かれらの読み書きの難し
さが、そのまま技術的適応の困難を引き起こ
し、雇用不安にさらされることになるのであ
る。
 連続性の保証が問題を生んでいる別のケー
スをあげれば、それ は、日本への出稼ぎ数
が近年増大しているブラジル、ペルー、アル
ゼンチンなどの出身者の場合であろう。日本
語保持率の高い日系二世はまだしも、三世に
なると、日本語を使える者がきわめて少数と
なるが、かれらは来日にあたって、旅行業を
もかねる斡旋業者にすべてを委ねることで、
連続性を確保しようとする。ビザの申請か 
ら、職の斡旋、来日後の住宅の手配まですべ
て業者に任せ、来日すると、派遣業者に引き
継がれ、ここでも日本語を使わず、ほとんど
あらゆる手続きが代行されるのである。当人
は、ポルトガル語、スペイン語を使い、本国
の文化に従いながらなんとか日本の職業生活
の中に位置を得ることになる。日本の社会制
度に関する知識も自らの努力で得ようとする
者は多くない。当座はその必要がないと感じ
るからである。しかし、その代償は小さくな
く、日本社会の中でのかれらの孤立は一部こ
のことに由来している。

(宮島喬『文化と不平等』)∵
 【1】新しい様式を創造するということは
、美術における進歩の中核的な意義である。
 美術における進歩は、科学の進歩などとは
趣を異にしている。科学は前の成果を踏み台
として、後のものがその先へ出るのである 
が、美術においては優れた成果は必ずしも後
のものの踏み台とはならない。【2】それぞ
れの傑作は、すべて特殊な、ただ一回的なも
ので、そこから先へ行けない「絶頂」のよう
な意味を持っている。たとえばギリシアの彫
刻とかルネッサンスの絵画とかのように、同
じやり方ではどうしてもそこから先へ出られ
ないものである。同じやり方をすれば必ずエ
ピゴーネンになってしまう。【3】だから美
術に進歩をもたらそうとすれば、先のものが
見のこした新しい美を見いだし、それに新し
い形づけをしなくてはならない。それが新し
い様式の創造なのである。
 そういう創造のことを考えるごとに、私は
いつもミケランジェロの仕事を思い出す。【
4】彼の作品が実際私にそういう印象を与え
たのである。ギリシア彫刻の美しさや、その
作者たちのすぐれた手腕を、彼ほど深く理解
した人はないであろうが、その理解は同時 
に、ギリシア人と同じ見方、同じやり方では
、到底先へは出られぬということの、痛切な
理解であった。【5】だから彼は意識してそ
れを避け、他の見方、他のやり方をさがした
のである。すなわちギリシア的様式の否定の
うちに活路を見いだしたのである。【6】「
形」が内的本質であり、従って「内」が残り
なく「外」に顕れているというやり方に対し
て、内が奥にかくれ、外はあくまでも内に対
する他者であって、しかも内を表現している
というやり方、すなわちそれ自身において現
われることのない「精神」の「外的表現」と
いうやり方を取ったのである。【7】従って
作られた形象の「表 面」が持っている意味
は、全然変わってくる。それは内なる深いも
のを包んでいる表面である。そういうやり方
で彼は絶頂に到達し た。彼のあとから同じ
やり方を踏襲するものは、「何かを包んでい
る表面」だけを作りながら、中が空っぽであ
るという印象を与え る。【8】同じやり方
で彼の先に出ることはできないのである。ロ
ダンが「何かを包んで∵いる表面」を思い切
って捨て、面を形成しているあらゆる点が内
から外に向いているような新しい表面を作り
出したとき、初めて近代の彫刻は一歩先へ出
ることができた。
 【9】そう考えてくると、新しい様式の創
造には古い様式の重圧が必要だということに
なる。古い様式による傑作を十分に理解すれ
ばするほど、そこからの解放の要求、新しい
道の探求が盛んにな る。すなわちできあが
った一つの様式のなかには、新しい様式を必
然に生み出して行くような潜勢力がこもって
いるのである。【0】だからこそ過去の傑作
の鑑賞や、その鑑賞を容易ならしめる美術館
は、美術の進歩に重大な意義を担うことにな
る。それぞれの時代、それぞれの様式におい
て、「絶頂」を意味するような傑作が、美術
館に並んでいて、いつでも見られる、という
社会にあっては、言わばそういう傑作の権威
が君臨しているのである。そういう世界で幾
分かでも独創的な仕事をするためには、右の
権威の重圧をはねかえして、新しい様式をつ
くり出さねばならぬ。美術館はそういう運動
の原動力となっているといってよい。

(和辻哲郎の文章に基づく)