長文集  4月3週  ★現在『子供』の問題が(感)  nnga-04-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】現在『子供』の問題がたいへん捉え
にくく、なにかと不気味なのは、一つには、
社会のなかで子供についての或(あ)る一定
の共通了解事項が成り立たなくなったからで
ある。【2】と同時に「『子供』の問題とい
うのはふつうの問題のように対象化し分析的
に捉えていったところであまり意味をなさな
いからであろう。いまやいろいろな領域で単
なる専門家というものは役に立たないといわ
れ『専門馬鹿』などということばさえ出てく
るようになった。【3】けれどもこの問題は
、一方で現在ますます専門的知識が必要にな
っているだけに、どう対処すべきかは簡単で
はない。そしてこの場合、なによりも専門的
知識の質あるいは在り様が問われることにな
る。
 【4】永い間、知識とは無知あるいはタブ
ラ・ラサ(白紙)に付け加えられ、積み重ね
られたものであり、したがって、より多く知
ることがより真理に近づくことだと考えられ
ていた。【5】ところが事実は必ずしもそう
とばかりはならずに、ものを多く知ること、
多くの知識をもつことによって、かえって私
たちの一人一人は在るがままにものを見るこ
とをできなくなるという事態が生ずるように
なった。【6】知識が創造的なかたちで働か
されなくなるようになったといってもよけれ
ば、知識がかえって疎外的に働くようになっ
たといってもいい。こういうことは昔からも
なかったわけではな い。それは半可通と呼
ばれる人たちにはよく見られたことであるけ
れど、なんといっても現在ほどには問題は尖
鋭化、一般化していなかった。【7】現在、
こうした場合に必要なことはなにか。それ 
は、専門家であることが、専門的な知識を多
くもっていることだけにとどまらず、専門的
な知識そのものの弊害を見破り、それに囚わ
れないでいることでなければならないだろう
。【8】純粋なあるいは形式的な論理からみ
れば、そういう作業は折角つくったものをこ
わすので、なにもしていないに等しいように
みえるかも知れない。しかし、このようなダ
イナミックな運動をとおしてはじめて、私た
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ちは現実に触れうることになるのである。【
9】これはどのような分野についても言いう
ることだが、とりわけ『子供』の問題に関し
ては強調されて然るべきだろう。それという
のも、『子供』の問題は、囚われない眼で在
るがままに見なければならないのに、これほ
ど出来合いの知識によって蔽われている領域
はほかにないと思われるからである。【0】
そこでは多くの知識が惰性系つまり『見えな
い制度』と化しやすいのだ。∵
 そのことがもっとも極端なかたちで出てく
るのは、『子供』あるいは『教育』の専門家
たちによるレッテル貼り(レイベリング)の
問題である。そして、専門的な知識が『見え
ない制度』として拘束的に働くとき、その担
い手(エージェント)になるのが職業的専門
家である。彼らは職業的専門家として一面で
はもちろん有効な働きをするけれど、他面で
はそのポスト(地位や職)を保守しその存在
意味を示すために、逆にわざわざ仕事をつく
り出すことになる。知識や仕事によって自己
を不必要に権威づけることになる。その際、
もっとも問題なのが、子供たちに対して貼る
『非行』や『落ちこぼれ』等々というレッテ
ルなのである。
 大村英昭氏(『非行の社会学』一九八〇年
)も言っている。鑑別所によって、子供たち
は『非行少年』というレッテルが公式に貼ら
れ、中学や高校の学内試験によって『落ちこ
ぼれ』は公認のものとなるのだが、そのよう
にひとたび貼られたレッテルは、専門エージ
ェントの権威によってきわめて動かしがたく
剥(は)がしがたくなるだろう。しかも専門
エージェントは、自分のところに連れてこら
れた子供たちになんらかのレッテルを貼らず
にはおかないし、またそのための専門的知識
に事欠くことはない。そしてしばしば非行少
年を救い出すのは、むしろ専門エージェント
の権威をもたない人、俗にいう『裸の人間』
なのである、と。この裸の人間というのが、
専門的知識によって囚われることのない眼を
もって相手に接しうる人のことを指すのは言
うまでもない。