長文集  4月2週  ★人間の歴史の大部分は(感)  nnga2-04-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】人間の歴史の大部分は、模写再現の
技術としては、文字と絵画しかない時代だっ
たから、人間にとって再現技術は重要なもの
で、広義のリアリズムが人間文化の方向を規
定していた。人間の記憶という再現能力が不
安定なものだからこそ正確な記憶が社会的に
も高く評価されたのである。【2】学問や教
育も記憶に基礎をおいたものになるのは自然
であった。ところが、最近のようにコピー技
術が急激に発達すると、なにも人間が非能率
的な再現のために苦労することはないことが
はっきりする。【3】これは近代文化の命題
であるが、改めてこの命題にたちかえり、新
しい人間活動を探求するのが今日の問題であ
る。
 教育というものは元来、保守的であるから
、新しい時代に適応するのにいつも遅れがち
になるが、まだ人間をコピー的活動から解放
しようとはしていない。【4】相変わらず記
憶中心の知識の詰め込みを行なっているが、
それは、人間が記憶する唯一の機械であった
時代の要求に基づいた教育そのままである。
Aを教えて試験をし、答案にAそっくりその
ままが再現できていれば、教えたことが理解
できているとして満点になる。
 【5】学校でこういう教育を受けると、三
つ子の魂百までというが、理解とは記憶と再
生のことだと思いこんでしまう。もちろんそ
ういう理解もないではないが、それは機械的
理解で、コンピュータの方が人間よりずっと
能率がよい。【6】記憶と再現を中心とした
理解は、たとえていえば食物を食べても消化
しないでそのまま吐き出すようなものである
。忘れたり記憶違いをすることを恐れるか 
ら、いわゆる一夜漬勉強がもっとも効果をあ
げる。
 【7】これに対して、食べたものをすっか
り消化してわがものとし、必要なもののみ残
して、不要なものを排泄してしまうような理
解は、機械にはできない作業である。教えら
れたことをそのままオウム返しに答えるよう
な理解から、自己の骨肉にはするが、はっき
りした形にならない深化した理解に目を転ず
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るべきである。
 【8】理解という言葉で人々がまず頭に浮
かべるのは、機械的正解のことであろう。そ
してそういう理解が人間にしかできないと考
えてきたが、それが実は迷信であったことが
、近年の科学技術によって証明された。【9
】本当に人間にしかできない深層の理解は、
完全な∵記憶・再生を正解と呼ぶならば、多
かれ少なかれ誤解となるはずである。
 しかし、長い間の慣習が人々にいだかせて
いる誤解恐怖のために理解の本質の認識が妨
げられており、それが社会的混乱に輪をかけ
る結果になっている。【0】誤解を頭から悪
いものとしないでそこに含まれる人間性を認
めるならば、すぐれた人間的理解はすべて誤
解的であるということはただちに明らかにな
るし、それにはコンピュータがまったく無力
であることも了解されるであろう。

(外山滋比古(とやましげひこ)「省略の文
学」より)