長文 5.1週
1. 【1】「子供たちに自然を教えましょう」というのも、よくわからないね。どうして、子供にそんなに自然を知らせる必要があるんだ。将来マタギになるっていうなら話は別だ。山を駆けか て、これが見えれば雪が降るとか、あそこにはクマがいるとか教えなきゃしょうがない。それは生活のためだからね。
2. 【2】だけど、都会の子供たちに、膝小僧ひざこぞうぐらいの川やプールで魚を取らせたり、ウナギを追いかけ回させて、自然に親しませたなんて言っているバカな親がいる。そういう中途半端ちゅうとはんぱが一番危ないんだよ。魚というのはそういうところで取れるものだと思って本当の川へ行ったら、いきなり溺れおぼ たりするからね。
3. 【3】都会の人間には、自然というのはやっぱり近寄りがたくておっかないもんだと教えるべきなんだ。平気で、クマちゃん、クマちゃんなんて頭撫でな たりしたら、バッと食われてそれで終わりなんだからね。
4. 【4】動物園で飼っているものや家で飼うペットと野生の動物は、匂いにお からしてまるっきり違うちが ということを教えてやれって。
5. サファリパークのライオンなんて、つめまで抜かぬ れちゃって、実際そこに居ても抜けぬ がらだからね。【5】そういう剥製はくせいまがいのものを子供に見せたから自然を教えた、なんて思ったら大きな間違いまちが なんだ。
6. 昔は家の近所に自然があったから、オイラは自然の中で遊んでただけで、たった一日か二日、わざわざどこかへ連れていって、これが自然ですなんて言われたって、馴染むなじ わけはない。【6】自然なんか、そんな短期間で習うもんじゃないんだ。都会に住んでたら、都会の生き方を習うべきだよ。
7. だから、無理にそんなことする必要はさらさらない。要するにどこで生まれたかといった環境かんきょうで、自分の生きていく範囲はんいは自ずと決まっている。
8. 【7】漁師のせがれとして生まれ、漁師を目指すんだったら、海と戦うわけだから、海のことをちゃんとわからなきゃならない。山で生まれれば、山の生活に必要なことがある。
9. サラリーマンの子が都会で生まれて、自分がサラリーマンになろうとしたときに何をやるかといったら、まず最初にサラリーマンとして生きる術を覚えることが大切なんだよ。∵
10. 【8】それを、一日や二日山へ連れていって、山の生活を覚えさせたって、そんなものは何の得にもならない。都会で雪崩なだれ遭うあ ことはないんだから。
11. よく、脱サラだつ  したような家族が山に住んで、自然と親しんでいますとかいって美談仕立てで紹介しょうかいされる。【9】でも、オイラに言わせりゃそれは単なる落ちこぼれなんだよ。
12. おやじは落ちこぼれても構わないけど、子供まで道連れにするなって。「子供の目の色がかわりました」なんて嬉々ききとして言う。自然がそんなに良かったら、これほど人が東京に集中して出てこないんじゃないか。【0】過疎かその土地なんてできるわけがないよ。何でみんな村からいなくなっちゃったかというと、やっぱり自然はよくないからだろう。
13. くみ取り便所で、暖房だんぼう冷房れいぼうもないところで暮らしていたら、いやになると思う。がいっぱいいて、六時には真っ暗になっちゃうようなところにだれが住みたいかって。
14. 所詮しょせん、いまみんなが好きなのは、環境かんきょうビデオを見ているような自然なんだ。だから、都会的な生活をしながら、飲み水がきれいで野菜は有機農業でちゃんとしたやつなんて、ぜいたくなことを言う。涼しくすず  て、ダニとかはいなくて、自分に都合のいい虫だけ飛んでくるなんて、そんな所はどこにもないんだよ。

15.(ビートたけし「みんな自分がわからない」より)