長文集  5月3週  ★ここ四〇年ばかりのあいだ(感)  nnga2-05-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】ここ四〇年ばかりのあいだ、北の国
々では、生者と死者同様に、物が溢れかえっ
ているが、一方、衣食住といった生活手段の
大部分が、人類の五分の四にとって相変らず
不足しつづけている。北の情況は、ほぼつぎ
のようである。【2】アメリカ人の三分の二
が自分の家を持ち、フランスでは世帯の半分
が自分の住居を所有 し、三分の二には浴室
が備わっている。秩序の「中心部」と「中間
部」では、ほとんどすべての世帯に、車、洗
濯機、カラーテレビが一台ずつあり、【3】
三分の二の世帯には、冷蔵庫、掃除機、洗濯
機、ラジオ、種々の家庭用自動器具が備わり
、半分の世帯はビデオ装置を持っている。さ
らには、自分だけに関係する新しい物、ノマ
ド(遊牧民。転じて、移動・自由・新奇など
の意)の物も現われ た。【4】例によって
これらの物はまず音楽から(ウォークマン)
生まれ、ついでスポーツの付属品(ゴルフの
クラブ、テニスのラケット……)と多様化し
ていったのである。(中略)
 貨幣が、モノの相対的価値を記録すること
で交換の時間を貯えているように、物は効用
の時間を貯えている。【5】いいかえると、
占有すること、それは、効用、非=支出、禁
欲を貯えることにほかならない。ここに、貯
蓄は支出のなかに、供犠(くぎ。宗教で犠牲
を神に捧げること)は占有のなかにあること
となる。
 所有者の財産目録はこうして、永世への欲
望を語りだす。【6】家屋はある生活様式、
生活環境、アイデンティティを意味し、車 
は、アメリカ製なら豊かさを、ドイツ製なら
厳密さを、イタリア製ならファンタジーを、
フランス製ならエレガンスを、スウェーデン
製なら快適さを表現する、といった具合であ
る。
 【7】本やディスクも、占有する人の文化
を物語り、また死のお祓(はら)いとなる。
使用前に死ぬわけにはいかず、またそのお蔭
で、何を見、何を読み、何を聞いたかの痕跡
をのこすことになるからだ。しかしそうした
モノの固有の生命はまた短い。【8】書物 
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は、書斎の本棚や本屋の棚で押しあいへしあ
いし、雑誌よりも少し高価な資産となるが、
もはやそのなかに書かれている思想を物語ら
ず、著者名の束の間の名声を語るのみである
。(中略)
 したがって、物の堆積の境界をこえ、利用
できるものを∵こえて蓄積するためには、効
用が今や所有よりも重要となる。【9】今日
のエリートはその時間のなかに可能なかぎり
多くの感覚をためこもうとしている。モノへ
のアクセス、奢侈品ないし冒険の一時的な用
益権を欲しているわけである。もはや物、家
、船を買おうとはせ ず、借りるだけである
。【0】もはや物のコレクションを作ろうと
はせず、あちこち物を見にゆく手段を手にい
れようとする。もはや自分の痕跡をのこそう
とはせず、東側での例のように――奇妙な収
斂だが――たんなる死亡記事だけを残そうと
しているのである。
 こうした物の急激な増殖は、市場でも計画
経済でも、商人の秩序の組織化を困難にして
いる。一方の市場では、貯蓄と資源の配分に
有効で、需給のあいだに橋をかけるためには
、価格が相対的稀少性を反映し、そのお蔭で
生産に用いられた要因量を消費者が感知でき
るはずであった。ところが、労働が複雑化し
、物財はそのうちにふくまれる労働以上のも
のを表示するようになった。計量化できる単
位に還元できず、知、夢、科学、音楽からな
る物は、その支配者の手元をのがれ、無制限
に複製される。価格はその意味を失ってしま
ったのである。他方の計画経済では、きわめ
て多数の物が交換されるようになったので、
いくつかの安定した生産物以外には、何百万
という価格や品質を中央計画本部で統制する
ことができなくなっている。すべての物に表
示されているのは、もはや価格ではなく、た
とえば人気投票などの集票数(売れた部数が
著作の価値を表わす)あるいはスペクタクル
の評価をめぐって大きな影響力をもつコンセ
ンサスのような、他の価値尺度にほかならな
い。
 ヒット・パレードがこうして、すべての物
品にスターの法則をとうとう押しつけてしま
ったのである。
 
 (ジャック・アタリ著『所有の歴史』より