長文 5.4週
1. 【1】芭蕉ばしょうはこう言っている――連句の席にのぞんだときには、文机を前にして間髪かんぱつを入れず句を作るのであって、迷っては駄目だめである。作りおわって文机から句を引きおろせば、すでにそれは反故でしかない。【2】――もちろんこれは、その一瞬いっしゅんに持てる力量のすべてを燃やしきらねばならないという意味であり、だれにも首肯しゅこうできる作者の覚悟かくごだが、しかしそれとは別に、そこで成った句は、いかに名作であっても「文台引おろせばすなわち反故」なのだろうか。【3】おそらくこの言葉も、名作は記録されて後にのこるということと別に矛盾むじゅんする言説ではあるまい。作品が録されて後世に伝わる、すなわち俳諧はいかいの歴史と、俳諧はいかいの場はその成立の一瞬いっしゅんの中にあるというのとは、別次元の出来事であり、ここで芭蕉ばしょうが言いたかったのは歴史ではなく、「場」というものが俳諧はいかいには不可避ふかひであるという一事にほかならなかった。【4】そう思うと「文台引おろせばすなわち反故」は、芭蕉ばしょうの時間感覚の中に、「場」を含むふく 形で時間が流れつづけていたことの証言と受け取れよう。
2. 「場」といっても、空間的拡がりの形態をとった「場」を思い描いおも えが てみることはたやすい。【5】空間的な延長線が、特定の原理基準に基づいて限定され、塞き止めせ と られて囲壁いへきわくができれば、すぐに「場」が成立する。「場」は限定、区劃くかくされているが、固定してはいずに絶えず更新こうしんされ、変形してゆくものでもある。【6】「場」は地盤じばんではない。そこからすれば、「場」は時間的な「場」でもあるだろう。芭蕉ばしょうの『おくのほそ道』の旅も、絶えず入れ替りい かわ 改まる「場」を方々と求めたさすらいの歩みであったが、これについては後で考えてゆくことにしたい。【7】その旅先で土地の俳人にもてなされ、人々寄り集って一巻の歌仙かせんを巻いた情景ともなれば、明らかに連衆によって形づくられた「場」が見えてくるし、従前からこの「場」は「座」として語られてきた。
3.(中略)
4. 【8】一年三百六十五日、この物理的な年の長さにおいて、祝祭の時間の占めるし  割合はごく僅かわず 、短いのが通例であろう。長々といつま∵でも祭が続き、終ったとも終っていないとも取れる曖昧あいまいさが生じたりすれば祭は堕落だらく、変質する。【9】祭の特色は時間的に限定され、純粋じゅんすいであることであり、短い時間のあいだしか持続しないことである。たとえ数日に亙っわた て祭が催さもよお れても、過ぎたあとで思い返してみれば、短かった、あっという間に過ぎ去ったという一抹いちまつの思いが残るのが祭なのだ。【0】「」に対して「晴」の時間が、「ぞく」に対して「聖」の時間が負ったのは、内的な魔性ましょう霊力れいりょくとその時間的な短さである。一瞬いっしゅんの燃焼のうちにすべてが成るか然らざれば無という極点的な思想までも含めふく て、そこには短いもの、小なるものへと向かって凝縮ぎょうしゅくしてゆく力がはたらいている。松尾まつお芭蕉ばしょう俳諧はいかいと名付けられる詩のわざに時間的な「場」を設定したが、そのことを通じて――時間の構造を通じて――小なるものに封じ込めふう こ られた重さを感じとっていた。それがかれの詩人的な存在理法についての認識であったという風に私は解したい。

5.(高橋英夫『ミクロコスモス――松尾まつお芭蕉ばしょうに向って』より)