長文集  6月1週  ★経済のグローバリズムは(感)  nnga2-06-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】経済のグローバリズムは何もこの2
0世紀の世紀末になっていきなり生じたもの
ではない。確かに、戦後50年ほどの冷戦体
制の中では、自由主義世界の世界経済の枠組
は比較的安定してい た。【2】少なくとも
、ブレトンウッズ体制に支えられてきた70
年代の前半までは、世界経済体制は、その内
部に矛盾を含みながらも、比較的安定した制
度的様式のもとに置かれており、それぞれの
国家は、主として固有のケインズ主義政策、
福祉政策、産業政策などを組み合わせてナシ
ョナル・エコノミーの安定と成長を達成して
きた。【3】この戦後経済システムからすれ
ば、90年代に入ってからの世界経済の動き
は新たな段階に入ったかのように見える。だ
が、もう少し長い歴史的な展望のもとで見れ
ばどうだろうか。むしろ、ナショナル・エコ
ノミーの枠組が安定していた冷戦期の約50
年の方が例外的だとさえ言えるのではなかろ
うか。
 【4】実際、資本主義経済の歴史とは、ほ
とんどグローバリズムと国家との間の抗争と
依存の歴史だと言ってもよい。国境を越えて
利潤機会を求めて拡張しようとする「資本」
の論理と、国民の生活の安定条件を保証する
という国家の要請は根本的に対立する面をも
っている。【5】この対立は常に正面切って
争われたわけではな い。だが、潜在的であ
れ存在するこの対立が、経済についての2つ
の見方を形作ってきたと言うことはできよう
。一定の場所からは容易に動くことのできな
い人間の生活を軸にして経済を理解するとい
う見方が一方にあり、【6】他方には、逆に
グローバルな資本の動きから「国益」を見よ
うとする経済の見方がある。この2つの見 
方、あるいは2つのロジックが経済の歴史を
貫いていると言ってもよい。
 そして、おそらくいくつかの歴史状況の中
で、この対立がきわめて鮮明に現れ出た時代
というものをわれわれは見ることができる。
【7】例えば、まだ西欧で近代資本主義が成
立し、急速な展開を見せ始める頃、17、1
8世紀がその1つである。新大陸からの金銀
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の流入と対アジア、新大陸貿易の拡大という
事態を背景に、オランダ、イギリス、フラン
スを中心に急速な商業の展開が見られたので
あり、これはまぎれもなくグローバリズムと
称してしかるべきものであった。【8】そし
て、このグローバリズムという現実に対し 
て、重商主義と重農主義、さらには重商主義
とアダム・スミスの経済学と∵いう2つの経
済の見方が対立したのである。
 グローバリズムが明瞭に問題となる次の時
期は19世紀後半から20世紀初頭の第一次
大戦までである。
 【9】いわゆる帝国主義の時代であり、ま
さに帝国主義という名の経済的グローバリズ
ムがこの時期を支配した。今日、マルクス、
レーニン主義的な意味での帝国主義という呼
称はあまり使われないし、マルクス主義的な
レジームのもとでの帝国主義の理解はもはや
適切なものではない。【0】それに代わって
、ロビンソンやギャラハのいう自由貿易帝国
主義もしくは自由帝国主義なる観念が支配的
となったが、彼らが「自由貿易帝国主義」と
言ったときには、多くの場合ユダヤ的資本と
も結び付いたイギリスの金融、大商業を中心
としたグローバルなジェントルマン的金融資
本に主導された経済を考えており、これはむ
しろ、イギリス国内の産業資本とはときには
対立するものであった。ここにも、明らかに
2つの経済の類型を見ることができるのであ
る。(中略)
 ところが、この第一次大戦は、別の意味で
経済の構造を大きく変えるターニング・ポイ
ントともなっている。というのも、第一次大
戦を契機として、世界経済の中心はイギリス
からアメリカへと移行したからである。そし
て、まさにアメリカ的なレジームのもとで経
済の中にある2つの類型、グローバル・エコ
ノミーとナショナル・エコノミーの対立とい
うモーメントは背後に退いたのである。この
ことはまた本書の以下の章で述べるが、戦後
のわれわれにはほとんど自明で所与のように
見える、アメリカを中心とした戦後の経済構
造こそ、むしろ歴史的には特異なものであっ
たと言うべきだろう。その意味では、今日の
グローバリズムの潮流は、そしてそのもとで
の国家間の確執は、決して目新しいことでは
なく、むしろそれこそが資本主義の歴史を貫
いているものだと認識しておいた方がよい。
歴史は再び回帰してきたのである。

(出典:佐伯啓思(けいし)『貨幣・欲望・
資本主義』)