長文集  7月1週  得意分野と苦手分野  nngi-07-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:55:11
 【1】世間では、得意なものを伸ばすか苦
手なものを直すかという問いが立てられるこ
とが多い。しかし、理想は、得意を伸ばすこ
とと苦手を直すことを両立させることだ。ど
ちらか一方があれば、他方は自然に解消する
というものではない。【2】しかし、今日の
社会では、この二つの選択肢が、都合のよい
形で使い分けられているところがある。例え
ば、苦手な勉強があった場合、「得意なもの
を伸ばしていけばよい」という慰め方をされ
ることがある。【3】逆に、得意なものが見
つからない場合、「それよりもまず苦手なも
のをなくして将来の準備をしておくことだ」
というアドバイスをされることがある。つま
り、現状を打破するためにではなく、現状を
追認するために得意分野と苦手分野が使い分
けられているところがあるのだ。
 【4】その原因の一つは、早い時期から結
果を求める今の社会の風潮にある。例えば、
小中学校の基礎教育の期間には、本来苦手分
野はあってはならないものだ。できるだけ苦
手をなくし、オールラウンドな能力を育てて
いくことが将来の土台になる。【5】しか 
し、中学受験や高校受験があった場合、そこ
で問われるのは、受験する教科の出来不出来
だけだ。とすれば、自然に、受験に出ない科
目は苦手でも問題ないという発想になる。大
学入試の場合も同じことが言える。【6】こ
れからの社会はどの分野でも高度な知識が要
求される知識産業社会になる。高校も一種の
義務教育の期間になりつつあるのが現状だ。
ところが、高校の学習では、小中学校よりも
更に受験に影響しない教科は苦手でもよいと
いう発想が強くなる。
 【7】もう一つの原因は、得意分野という
オリジナリティを求めない社会の仕組みだ。
大学教育は、高度な専門的知識を身につける
場であるはずだ。しかし、実際には就職のた
めの予備校か、あるいは就職の前の息抜きの
期間のように思われている面がある。【8】
それは、これまでの社会が、社会に出る若者
に、独創性よりも、従順な歯車の一つになる
ことを要求していたからだ。それは、戦後の
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日本が、戦災から復興し欧米に追い付くこと
とを大きな目標にしていたからだ。社会が一
団となって共通の目標を目指すとき必要なの
は、個性ではなく馬力だったのだと言える。

 【9】しかし、これからの日本の未来に待
っているものは、海図のない広い世界だ。欧
米が未来を指し示す羅針盤を独占していた時
代は既に終わっている。一方、日本には江戸
時代の歴史に見られるように、これまでの西
洋世界にはなかった新しい社会のビジョンが
豊富に眠っている。【0】そう考えると、ま
ず日本から新しい未来の社会を提案する時代
がやってきていると言えないだろうか。その
ときに大事なのは、個性に基づいた得意分野
を持つ多くの人材だろう。そして、それがひ
とりよがりの個性でなく現実の社会に役立つ
個性であるために必要なのは、幅広い基礎教
養を持ち、苦手分野や弱点を持たないバラン
スのとれた能力だ。得意を伸ばすことと苦手
を克服することの両方が同時に求められてい
るのである。

(言葉の森長文作成委員会 Σ)