長文集  8月1週  ★オイル・ショックが生じた時(感)  nngi-08-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】オイル・ショックが生じた時、これ
で日本もおしまいだと思った人たちは、日本
の内外を問わず、沢山いたと思います。【2
】石油資源をすべて外国に依存している日本
は、もっともひどく打撃を受ける国であり、
日本商品は割高になり、輸出は激減し、国際
収支は大赤字になって、失業者は巷にみちあ
ふれる。多くの人たちはこういう事態を予想
したでしょう。
 【3】私自身も、あの一九四五年八月十五
日の真夜中に、桜島の南の垂水海軍航空隊の
野天風呂(風呂の建物は、爆撃ですっ飛んで
いたので、見事な野天風呂になってしまって
いた)にはいっていた時のことを、おもわず
思い出しました。【4】私はちょうどその前
日に、佐世保の針屋海兵団から転勤して来た
ばかりで、隊の事情には暗かったので、従兵
に風呂はどこかと聞きますと、案内してくれ
て、「背中を流しましょう」といいます。【
5】「戦争がすんだのだから、もう他人の背
中など洗うな」といったのですが、「分隊士
が最後です」というので、お世話になりまし
た。垂水航空隊というのは、鹿児島湾の海辺
にあって、片方は山、片方は海の約三、四〇
〇メートルの狭い平地に、細長く作られてい
ました。【6】海風が吹いて気持ちよく、月
が丸くて、こうこうと照っていたのを覚えて
います。
 待ち望んでいましたが、全く思いがけずや
って来た平和に、私たちはどうしたらよいか
わかりませんでした。【7】すべて静かで、
夜おそく風呂を使う水音と、波の音と、私た
ちの時々の会話の他 は、全く何の音もあり
ませんでした。【8】しかし、それから数日
たって、第五航空艦隊司令長官の宇垣中将が
、彗星(海軍の爆撃 機)に乗って、沖縄上
空に、特攻隊員のあとを追って自爆したこと
が判明しますと、四国九州方面の海軍部隊は
、指揮官を失って壊滅し、算をみだして兵隊
も、士官も、めいめい勝手に復員してしまっ
たのです。【9】復員といえば人聞きはよい
ですが、実際には逃亡以外の何物でもなかっ
たのです。私もその一人でした。そして、そ
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れが戦後のはじまりだったのです。【0】
 それから、終戦直後の流行歌「リンゴの唄
」があって、プロ野球の大下や川上の青バッ
ト、赤バットが現れて、歌手の笠置シヅ子の
∵「ブギウギ」の歌が出てと、過去から現在
にむかって思い出の糸をたどり、最後にオイ
ル・ショックにつき当たった時、「可哀そう
な日本よ」とおもわずつぶやかざるをえませ
んでした。その時、私がロンドンの大通りを
歩いていなかったのなら、涙を流していたか
もしれません。
 それほどオイル・ショックは深刻でした。
私がなまじっか経済学を勉強しているからか
もしれませんが、「これで日本もおわりだ」
というような気持がしたのです。対日石油禁
輸の結果、数か月間の艦隊行動をすれば帝国
海軍の石油保有量ゼロになることが明白にな
った段階で、海軍もついに決戦を決意して、
太平洋戦争がはじまったのですから、オイル
危機が日本にとって歴史的な重大事件であっ
たと考えるのは、何もおおげさではないと思
います。
 しかし、驚くべきことに、結果は全く逆で
した。苦しい時期も一時ありましたが、現在
では、日本はオイル危機以前よりも、相対的
には、かえって強くなっております。無意識
的に、経営者と労働者が一致団結したのかも
しれません。もちろん現在でも、日本もその
他の諸国も、オイル危機の後遺症に悩まされ
ていますが、それらの国のうちでは、日本は
一番、調子よく行っている国であります。何
はともあれ、世界の諸国は、いまや日本の底
力を完全に承認しており、オイル危機以後、
日本の地位が格段と上昇したことは、まぎれ
もない事実であります。
 これは驚異的な成果であり、全く、うれし
い誤算であります。しかし誤算は、もう一つ
の誤算をひき起こしました。高くなった石油
購入費をまかなうために、輸出にはげまなけ
ればならないことはきわめて当然ですが、オ
イル・ショックで沈滞した国内需要の分まで
も、輸出でカバーしようとしたので、輸出が
予想外に伸び、日本では国際収支が逆に黒字
になってきました。しかもこの輸出が数種の
品目に集中して、ヨーロッパ諸国を襲いまし
たので、ヨーロッパでこれらの品目を生産し
ている地方の失業問題をひき起こし、日本を
締め出せの声が、弱体の経済に悩む英国にお
いてのみでなく、好調のはずのドイツでも高
まってまいりました。いわゆる貿易戦争が勃
発したのであります。(関西学院大)