長文集  10月3週  ★日本は豊かな国で(感)  nngu-10-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】日本は豊かな国である、という。
 一九八八年、日本人一人あたりのGNPは
、名目で三百二万六千円(二万三千六百二十
ドル)。すでに、一九八六年以来、アメリカ
を追いこしている。
 【2】日本の国土面積は、アメリカの二十
五分の一しかないの に、地価の総額は、ア
メリカ全土の四倍以上(一九八七年末、千六
百三十七兆円)であるという。
 日本人の個人貯蓄合計は、約五百八十兆円
。一年間のGNPをはるかに超える。【3】
法人企業の交際費は、年間約四兆二千億円(
一九八七年、国税庁しらべ)、一日に百十五
億円の支出である。
 こんな数字をいちいち持ち出すまでもない
。店頭にあふれるかずかずの商品。セリーヌ
もバーバリーも、ごくふつうに色とりどりの
服装をした若者たち。【4】毎日の食事と残
飯の山。捨てても捨てても、すぐいっぱいに
なる屑かご。粗大ゴミ捨て場の家具や電気製
品。
 海外旅行の日本人は空港にあふれ、旅行だ
けではこと足りずに、海外の不動産や美術品
を買いあさる。【5】若者たちの結婚費用の
平均が七百万円以上とか、政治家の一夜のパ
ーティーに何十億円もの政治資金が集まる、
などときけば、日本の社会は上から下まで金
あまり現象であふれかえっているようにみえ
る。
 【6】そんな日常の経験を通して、私たち
は、いやでも日本が金持ちの国であることを
知らされている。
 もともと経済活動は、人間を飢えや病苦や
長時間労働から解放するためのものであった
。経済が発展すればするほど、ゆとりある福
祉社会が実現されるはずのものであった。
 【7】それなのに、日本は金持ちになれば
なるほど、逆である。人びとはさらに追い立
てられ(先進国で最も長い労働時間)、子ど
もは偏差値で選別され(世界中の子どもを取
材している絵本作家ビャネール多美子さんは
「日本の子どもほど自己決定権を奪われたか
わいそうな子はいない」と言う)、自然はな
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おも破壊されていく。
 【8】効率を競う社会の制度は、個人の行
動と、連鎖的に反応しあっているから、やが
ては生活も教育も福祉も、経済価値を求める
効率社会の歯車に巻きこまれるようになる。
【9】競争は人間を利己的にし、一方が利己
的になれば、他の者も自分を守るために利己
的にな∵らざるを得ないから、万人は万人の
敵となり、自分を守る力はカネだけになる。
 【0】そんな社会では、人間の能力は、経
済価値をふやすか否 か、で判定され、同じ
ように社会のために働いている人であって 
も、経済価値に貢献しない人は認められるこ
とが少ない。
 ある財界人は、「日本は企業の優劣を、利
潤の大小によって序列づけしてしまい、たと
え良心的、個性的、創造的というような独特
な社風を持つ企業があっても、利益が大きく
なければ、評価されない」と嘆いていた。
 そんな日本で、福祉のために献身的に働く
人を高く評価するわけがない。その仕事が、
どんなに社会的に必要なものであっても、経
済価値に無縁な老人や身体障害者や精神障害
者のために働く人への社会的評価は、きわめ
て低い。福祉事務所で、保護を必要とする人
たちのために親身になって働く職員よりも、
生活保護を申請する困窮者を水ぎわ作戦とし
て追いはらう職員の方が有能と評価される。
それは、つまり、経済価値にとってマイナス
である社会保障に対して、財政支出を抑制す
るのが能吏だ、という考えに立っているから
である。

 (暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさと
は何か』より)