長文集  10月1週  ○昭和の時代は(感)  nngu2-10-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/08/24 15:36:55
 【1】昭和の時代は、戦前を知る人たちが
身近に多くいたため、戦後の日本社会の「外
側」を意識することが容易であった。また、
国外には社会主義体制が、未だ大きな勢力と
して存続していたた め、資本主義の世界の
外側を意識することも容易であった。【2】
つまり私が物心のついた八〇年代は、自分が
生きている世界に外側があり、外側の世界か
ら自分が生きる世界を相対化して考えること
が容易な時代であったといえる。
 しかし昭和から平成に元号が変わり、バブ
ルが弾(はじ)け、冷戦体制が崩壊すると、
このような「外側」を想像することが難しく
なっていく。【3】チェーン店の接客マニュ
アルのような言葉遣いが全国津々浦々に浸透
するようになり、できる限り「外側」と接触
しないですむような「デオドラントなコミュ
ニケーション」が社会へと浸透してきたので
ある。
 【4】このため私たち「平成育ち」の若者
は、チェーン店のマニュアルのように、感じ
よく、当たり障りのないコミュニケーション
を行うことに慣れている。【5】しかしその
一方で、他人と衝突したときに「オン」「オ
フ」の回路でキレたり、他人と衝突した後始
末をするときに逆ギレしたり、「想定」の「
外側」でコミュニケーションを行うことが下
手くそである。
 【6】つまり平成期に入り、グローバリゼ
ーションとIT革命が進行し、世界が「外側
」へとどんどん広がったのとは対照的に、「
平成育ち」のコミュニケーションは「内側」
へとどんどん閉じてきたのである。
 【7】また、「有史以来最も分かりにくい
戦争」といわれた湾岸戦争が暗示していたよ
うに、冷戦が終わり、グローバリゼーション
とIT革命が進行したことで、世界は未だか
つてないほど「分かりにくく」なった。
 【8】しかしこれとは対照的に、平成期に
入ると「分かりやす さ」を全面に打ち出し
、視聴者も議論に参加できる「平(フラッ 
ト)な報道番組」が流行してきた。番組の討
論にファックスで視聴者が参加するのが一般
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的になったのも、平成五年前後である。
 【9】そしてこのような番組を通して「分
かりやすい歴史観」や「分かりやすい世界観
」が広まるようになり、戦前の歴史や社会主
義体制など、昭和期には「外側」にあったも
のが、容易に超克可能な「内側」とみなされ
るようになった。∵
 【0】今日から振り返れば、コスモ星丸と
いうキャラクターは、この点でも時代の変化
を予見するキャラクターであったといえる。
当時、ボイジャー二号の到達点は土星であり
、当時の科学が測定できる最果ての地は、輪
っかのかっちょいい土星であった。つまりコ
スモ星丸は、私たちが把握できる世界の「外
側」と「内側」の境界に、異形のキャラクタ
ーとして屹立していたのである。
 平成期を通して私たち「平成人(フラット
・アダルト)」は、「外側」に存在する星々
から自己の位置を測ることができず、「何時
の何処だか分からないような平成日本」の「
内側」を迷走してき た。
 宇宙が広がり続けているのと同様に、グロ
ーバリゼーション下の世界は「外側」へと複
雑に広がり続けているが、私たち「平成人」
の世界は「内側」へと狭まり続けているので
ある。

 (酒井信『平成人(フラット・アダルト)
』(文藝春秋)より)