長文集  11月1週  ★明快に外界へ(感)  nngu2-11-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】明快に外界へ延びて行く道具とは反
対に、芸術は複雑に凝縮して、人間の手もと
で無限の外界を予感させる象徴となった。手
仕事の現実的な効果ではなく、そのプロセス
そのものが、一タッチ一タッチの痕跡を積み
あげて小宇宙をつくった。【2】外界とは相
対的に独立して、芸術はそれ自体の内部に自
立し得る小世界を作った。外界がどこまでも
見とどけ得ない暗闇であるとするならば、人
間はせめて掌のなかに、すみずみまで見つく
すことのできる完結した世界を必要としたの
である。
 【3】そのとき以来、道具の制作と芸術の
制作とは、車の両輪のように手仕事のパラド
クシカルな両面をそれぞれに代表した。道具
はもちろん、それ自身のしかたで現実につい
ての情報量をふやしたが、人間は依然として
小宇宙としての芸術の制作をやめなかった。
【4】道具が現実についてプラスの情報をも
たらしたとすれば、芸術は譬喩的な意味でマ
イナスの情報をもたらしたといえる。道具は
人間がなにを知り得るかを教えたが、芸術は
なにを知り得ないかを教えたといいなおして
もよい。【5】われわれの先祖は、現実にむ
かって量的な距離を刻々に縮めながら、一方
で、なおそのかなたに拡がる無限の「沈黙」
に測深器をおろしていたのである。
 【6】われわれがみずからの手の宿命的な
短さと、その短さの積極的な意味を見失った
のは、いつのことであったか確かではない。
近代にはいって道具が機械へと飛躍的な発展
をとげたのちにも、われわれは依然としてあ
の無力な手仕事をやめなかったからである。
 【7】地理学が発展し、望遠鏡が発達し、
ひとつの山の裏表まで知りつくされたのちに
、人間はなおその山を肉眼で見ることをやめ
なかった。有限な肉眼で眺めた山を、有限な
画布の大きさに描きとどめることをやめなか
った。【8】情報の量的な大きさからいえ 
ば、山の地理学と山の風景画とは誰の眼にも
比較にもならない。だが、それにもかかわら
ず、画家はあきもせずに、巨大な山を手のな
かの小宇宙におさめる作業を続けたのである
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。【9】われわれはこの「徒労」の意味を、
いくら反省しても多すぎるということはな 
い。手仕事の徒労によって、画家は初めて情
報の量的な蒐集から離れられたのであり、一
塊の山の捉えがたさを観念ではなく知り得た
のではないだ∵ろうか。【0】それと同時に
、彼は手仕事がすみずみまでとどいた山の模
型に、なにものかを確実に手もとに置き得た
安心を味わったにちがいない。そこでもまた
人間の「自己」は、無限の可能性としてより
は、現実にたいする不適合状態として耐えら
れていたはずなのである。
 けれども、いつとは知れないうちに、われ
われはそうした不適合存在としての「自己」
を見失ってしまった。あたかも道具や機械と
同じように、人間は芸術をも、「自己」の無
限の可能性を証明する手段に変えてしまった
。一方で、機械によって情報を量的に拡大し
ながら、われわれはさらに芸術さえ、その機
械と同じレヴェルで競争させる地位に置いた
のである。
 たとえば近代絵画を大きく変えた動機とし
て、われわれはつねに写真機の発明というこ
とを思い出す。写真機はその手軽さと写実能
力の高さによって、当時の写実的な絵画を根
底から脅やかした。絵画がそれによって方向
を変えたのは当然だが、しかしそのときとら
れた対応策は、まさに機械と芸術の特色につ
いての完全な誤解のうえに立っていた。すな
わち、近代人は機械の最大の弱点は空想力の
貧困にあり、芸術はみずからのイメージの多
彩さによって機械と競争し得ると考えたので
ある。

(山崎()正和「劇的なる日本人」より)