長文集  12月4週  ○デザインと絵画や彫刻について(感)  nngu2-12-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/08/24 18:02:25
 【1】デザインと絵画や彫刻について、何
かそこには決定的な違いがあるのかもしれな
いと思う人たちの根拠は、言ってみればでき
の良くない作品を思いうかべてのことだと思
います。【2】絵画や彫刻のできの悪い作品
は、とにかく色がきたない、形が悪い、何を
言っているのかさっぱりわからない、暗い、
湿っぽい、いやらしい(書いていてもいやに
なりますが)、【3】ということで(もっと
探せばどんどん出てきますが、このくらいに
しておきます)、「そんなものを、彼らは真
顔でやっているのだから、私にはわからない
けれど、さぞかし高尚なことがその奥にある
に違いない」というわけです。【4】しかし
それは買いかぶりかもしれません。誰が見て
も変なモノは変で、実は本人としてもこれは
ちょっと困ったと思っているものです。だか
ら顔もけわしくなってしまうのですね。【5
】難解な作品は、作者にも難解で、色の悪い
作品は、作者が見ても「色が悪いなー。でも
まあいいか、というよりこれしか描けないん
だから、仕方ないよ」と思っているかもしれ
ません。で、そう思っているのはまだいい方
で、それすらわかっていない場合もしばしば
ありますが。
 ではデザイン。【6】できの良くないもの
は、センスが悪い、どこかの真似、使いにく
い、やぼったい、等々……芸術とは全てを超
えるくらいすばらしいもののはず、と思いこ
んでいる人たちから見ると、違うだろう、と
なってしまうところでしょうが、それは単に
それができの悪いものだったというだけで、
だからデザインが芸術ではない、ということ
にはなりません。
 【7】考えてみると日本の芸術の過去の傑
作の多くは、今で言うところのデザイナーの
作品でした。屏風という形式はインテリアデ
ザインの流れで平安時代に流行したものです
し、琳派は装飾デザイン以外の何ものでもな
かったわけです。【8】それは皿から壁紙、
本に至るまで、本当に見事なデザインワーク
で、今や幅広く国宝に指定されています。【
9】浮世絵などは今で言うグラフィックデザ
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インですし、鎌倉時代の「伝源頼朝像」など
の肖像画は今ならさしずめ稲越功一さんや篠
山(しのやま)紀信さんの写真を長友啓()
典さんがアートディレクションしたような仕
事です。【0】茶道で用いる茶碗や茶道具と
いう∵芸術は、キッコーマンのあの醤油ビン
のデザインをした榮()久庵憲司さんなど、
工業デザイナーの領分ですし、俵屋宗達は一
大ファクトリーの偉大なアートディレクター
でした。
 私は生前の田中一光さんと交流がありまし
たが、グラフィックデザイナーである氏の発
言や行動から終始感じていた印象は、一人の
偉大な芸術家以外の何ものでもないというこ
とでした。主に広告の世界に生きて見事な一
貫性をお持ちになっていた方でしたから、御
自身が実際よしとしないものの広告は絶対に
手がけなかったことでしょうし、広告主も田
中さんを芸術家として尊敬していました。
 そもそも芸術とは、ここではない「どこか
」につれていってくれるかどうかで真価が決
まります。一方、絵画とはいえ、「どこにも
つれていってくれない」ものも多くあり、絵
画なら全て芸術というわけではない、と気付
きます。そうやって考えてみると、すぐれた
デザインは、非日常への入口として存在して
いるのです。

 (千住博『美術の核心』による)