a 長文 10.1週 nngu2
 昭和の時代は、戦前を知る人たちが身近に多くいたため、戦後の日本社会の「外側」を意識することが容易であった。また、国外には社会主義体制が、未だ大きな勢力として存続していたため、資本主義の世界の外側を意識することも容易であった。つまり私が物心のついた八〇年代は、自分が生きている世界に外側があり、外側の世界から自分が生きる世界を相対化して考えることが容易な時代であったといえる。
 しかし昭和から平成に元号が変わり、バブルがはじけ、冷戦体制が崩壊ほうかいすると、このような「外側」を想像することが難しくなっていく。チェーン店の接客マニュアルのような言葉遣いことばづか が全国津々浦々つつうらうら浸透しんとうするようになり、できる限り「外側」と接触せっしょくしないですむような「デオドラントなコミュニケーション」が社会へと浸透しんとうしてきたのである。
 このため私たち「平成育ち」の若者は、チェーン店のマニュアルのように、感じよく、当たり障りのないコミュニケーションを行うことに慣れている。しかしその一方で、他人と衝突しょうとつしたときに「オン」「オフ」の回路でキレたり、他人と衝突しょうとつした後始末をするときに逆ギレしたり、「想定」の「外側」でコミュニケーションを行うことが下手くそである。
 つまり平成期に入り、グローバリゼーションとIT革命が進行し、世界が「外側」へとどんどん広がったのとは対照的に、「平成育ち」のコミュニケーションは「内側」へとどんどん閉じてきたのである。
 また、「有史以来最も分かりにくい戦争」といわれた湾岸わんがん戦争が暗示していたように、冷戦が終わり、グローバリゼーションとIT革命が進行したことで、世界は未だかつてないほど「分かりにくく」なった。
 しかしこれとは対照的に、平成期に入ると「分かりやすさ」を全面に打ち出し、視聴しちょう者も議論に参加できる「フラットな報道番組」が流行してきた。番組の討論にファックスで視聴しちょう者が参加するのが一般いっぱん的になったのも、平成五年前後である。
 そしてこのような番組を通して「分かりやすい歴史観」や「分かりやすい世界観」が広まるようになり、戦前の歴史や社会主義体制など、昭和期には「外側」にあったものが、容易に超克ちょうこく可能な
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

「内側」とみなされるようになった。
 今日から振り返れふ かえ ば、コスモ星丸というキャラクターは、この点でも時代の変化を予見するキャラクターであったといえる。当時、ボイジャー二号の到達とうたつ点は土星であり、当時の科学が測定できる最果ての地は、輪っかのかっちょいい土星であった。つまりコスモ星丸は、私たちが把握はあくできる世界の「外側」と「内側」の境界に、異形のキャラクターとして屹立きつりつしていたのである。
 平成期を通して私たち「平成人フラット・アダルト」は、「外側」に存在する星々から自己の位置を測ることができず、「何時の何処だか分からないような平成日本」の「内側」を迷走してきた。
 宇宙が広がり続けているのと同様に、グローバリゼーション下の世界は「外側」へと複雑に広がり続けているが、私たち「平成人」の世界は「内側」へと狭まりせば  続けているのである。

 (酒井さかい信『平成人(フラット・アダルト)』(文藝春秋ぶんげいしゅんじゅう)より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 10.2週 nngu2
 植民地主義イギリスの紀行文学の根強い伝統を論じた著作『海外へ』のなかで、イギリスの批評家ポール・フュッセルは旅人を「探検家」「トラヴェラー」「ツーリスト」の三種類のタイプに類別している。
 「探検家」とは、フランシス・ドレークきょうやエドモンド・ヒラリーきょうのように、しばしば爵位しゃくいをもってその活動を顕彰けんしょうされるようなタイプの旅人である、とフュッセルは言う。いかなるトラヴェラーもツーリストも、彼らかれ のなしとげた行為こういによって爵位しゃくい贈らおく れる、というようなことはない。トラヴェラーやツーリストの旅が探検家のそれと同じ程度に困難で記憶きおくされるべき内実をそなえたものであるとしても、それは「行為こうい」として本質的に探検家の実践じっせんとは意味づけを異にしているからだ。「探検家」は未知の探求者である。彼らかれ の旅は処女的発見のための旅であり、その地理的・博物学的・考古学的発見の行為こういは新しい科学的世界像の形成と深く結びついている。彼らかれ は死の危険をすら冒しおか て未知を彼らかれ の世界の側に奪取だっしゅする文化英雄えいゆうたろうとする。
 一方現代の「ツーリスト」の求めるものは商業主義的な企業きぎょう家によってあらかじめ発見された大衆的価値である。ツーリストはマスメディアの巧妙こうみょうなプレゼンテーションによって彼らかれ のために準備されたルートとトポスとをめぐる、現代の受動的な好奇こうき心を代表している。探検家がかたちのないもの、知られざるものと対峙たいじするリスクを進んで冒そおか うとする人々であるならば、その反対にツーリストは徹底てっていして既知きちの側につき、すでに確認されたもん切り型の「知識」を安全性の保証のもとに追認するにすぎない。
 そしてこの探検家とツーリストの両極の中間に「トラヴェラー」がいる。彼らかれ は移動の途上とじょうで生起するであろうあらゆる予期せぬ経験を旅の長所として留保しつつ、一方で彼らかれ 西欧せいおう的アイデンティティが揺らぎゆ  だす手前で巧妙こうみょうに旅の混沌こんとんから身を引き離すひ はな 彼らかれ は自分がいまどこにいるのかを熟知しつつ、世界
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

放浪ほうろうのロマンティックな動機に過渡かと的に身をまかせることのできる旅人なのである。適度な異国趣味しゅみと適度な冒険ぼうけんを内側から支える安定した「世界」像のなかで、トラヴェラーは時代の経済原理をたくみに利用しながら旅してゆく……。
 フュッセルは「トラヴェラー」に一つの旅人としての理想のスタイルを見出そうとしている。探検家とツーリストという、旅の始まりと終焉しゅうえん実践じっせんの両極をわたる中庸ちゅうようの旅人のなかに、真正の旅人へのレクイエムを聞きだそうとしている。だがここで重要なのは、探検家であろうとトラヴェラーであろうとツーリストであろうと、およそフュッセルの描きだすえが   旅のトポグラフィにはつねに特定の起点と終点があらかじめ想定されているという事実の方である。探検家にとっての旅の起点も終点もきわめて明瞭めいりょうだ。ヨーロッパの中心から国家の期待を背負って旅立った彼らかれ は、ふたたび彼らかれ の都市へと凱旋がいせんする。彼らかれ 冒険ぼうけん物語を語り、撮影さつえいした処女地の写真を展覧し、爵位しゃくいを授けられるために……。そしてその点において、トラヴェラーとツーリストもじつは変わることがない。トラヴェラーの詩的なヴァガボンドの物語はあらかじめ文明世界において語られるためにこそ体験されるのであるし、ツーリストも保証された帰還きかんをすべての前提として土産を購入こうにゅうし、エキゾティックな土地の一時的占有せんゆうを示す絵はがきを郷里の友人に旅先から送って彼らかれ の知的戦利品としての風景を誇示こじするのである。
 こうして旅は家と外国とを空間的に峻別しゅんべつすることでその内容を盛られてきた。自己と他者が明確に差異化されることによって、西欧せいおう的旅人の主体性はアイデンティティを維持いじしつづけることができた。だが二十世紀末の現在、ギリシャの旅人=理論家の末裔まつえいたちは彼らかれ の思考と表現の基地・中心地としての「家」を失いつつある。安定した起点と終点を喪失そうしつした現代の旅の実践じっせんは、旅を日常の生から聖別された感覚と思考の閉鎖へいさ的領域から解き放った。旅の遂行すいこう途上とじょうで、現代の私たちは自己と他者の不思議な混交を体験し、場所の奇妙きみょう溶解ようかいに立ち会うことになったからである。旅その
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
長文 10.2週 nngu2のつづき
ものが安定したアイデンティティの実践じっせんであることをやめ、行方のない彷徨ほうこうを開始したのだ。
 旅の物語を語ろうとする私たちは困惑こんわくしはじめている。家の喪失そうしつは、疑いもしなかった「帰還きかん」のディスクールの根底を揺るがゆ  せたからだ。中心から周縁しゅうえんへと赴いおもむ たはずの旅人は、もっとも隔絶かくぜつされた「辺境」で傍若無人ぼうじゃくぶじんのツーリストたちに遭遇そうぐうしてエキゾティックな物語を見失った。落胆らくたんして家へ帰りついたはずの彼らかれ は、そこがあるときから別な世界からやってくる移民と総称そうしょうされる人々の意識の果てにひろがるディアスポラの領域であったことを逆に発見した。世界の中心が別な世界の周縁しゅうえんとなり、「第一世界」の核心かくしんに「第三世界」のくさび打ち込まう こ れようとしている……。

(今福龍太りゅうた「遠い挿話そうわ」より)
 999897969594939291908988878685848382818079787776757473727170696867 


□□□□□□□□□□□□□□
 
a 長文 10.3週 nngu2
 芸術作品の特徴とくちょうは何か、という問題に対して、かなり広い支持を集めた説明は、「それは文とか、絵の中にある違いちが ではなく、それに接する人の態度の違いちが である」というものである。美しいものを見出す時の態度は、美的態度と呼ばれるが、それは実用的目的や利害を離れはな た、無関心的態度にほかならない。そしてそのために作られたものが芸術作品である。それに対して新聞記事や似顔絵などは、特定の実用的目的のために作られている。これが決定的な違いちが だと考えるのである。
 しかしこの説明も不十分であるように思われる。「無関心的」という表現の意味を、芸術だけにあてはまるように限定するという肝心かんじんの仕事が残っているし、「態度」の概念がいねんが十分明らかになってはいない。その時々の心の状態を観察すればどんな態度をとっているのかが分るのだろうか。それともその時の外面的なふるまいによってどんな態度かが決まるのか。そもそも態度ということによって、芸術をめぐる多様な現象をとらえることができるだろうか。
 わたしはむしろ、ウィトゲンシュタイン的に、一種のゲームの中で芸術をとらえ、人間のさまざまな行動の中でどのような役割を果しているか、という問題として考えるのが最も適当であると思う。なにかを芸術としてみなすことと新聞記事のような事実の記述とみなすことの違いちが は、さまざまな行動に関係し、さまざまな場面に現れる。それらを一つずつ記述する以外に、芸術作品の特徴とくちょうを明らかにする方法はない、と思うのである。
 似顔絵をめぐるわたしたちの行動はどのようなものだろうか。似顔絵については正確さが問題になる。よく似ているほどよい似顔絵だとされ、まったく似ていなければ無価値である。また「誤った」描写びょうしゃと「正しい」描写びょうしゃがありうる(たとえば目の形を忠実に描いえが ているかなど)。上手・下手という評価も下されるが、その基準はもっぱら正確さ、犯人の識別のし易さにおかれている。こどもに似顔絵の描きえが 方を教える時も、この基準を使う。描くえが たびに同じ絵を描いえが ても、正確な絵でさえあれば問題にはならない。むしろ、記憶きおくが確かだと評価される。犯人の似顔絵を描くえが よう命令された時、故意に誤った描写びょうしゃをしたり、忘れたふりをして描かえが ないことがある。また、それに相当するものによって代替だいたい可能である。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

たとえば、言語による記述、写真、モンタージュ写真、別の絵などによって置き換えるお か  ことができる。それどころかよく似た人によって代用することもできる。
 芸術としての絵画の場合、このようなことは成立しない。似顔絵の場合と違っちが て、対象に似ているかどうかは、芸術的な価値に影響えいきょうしない。たとえ芸術が事実を描写びょうしゃしたものであっても、それが芸術とみなされているかぎり「正しい」とか「誤っている」という表現は使わず、真偽しんぎは問題にならないのである。したがって故意に誤った絵を描くえが こともありえない。上手・下手の基準は、識別のし易さにおかれるわけではない。こどもに教える時も特有の基準を使う。こどもに文字の書き方を教える場合、はじめは正しい書き方を教え、正しく書けるようになれば、上手な書き方を教えるが、このとき、正誤の基準と上手・下手の基準は異なっている。さらに、芸術作品は他のものによって代用することは不可能である。写真や、別の絵によって置き換えるお か  ことはできず、絵の対象によって置き換えるお か  こともできない。それどころか、その一部の色や線をちょっとでも変えると、その絵が台無しになってしまうことがある。同機能のものによって代用できないという特徴とくちょうによって芸術性と実用性を区別することもできるだろう。建築、食器、衣服などは実用的なものであっても芸術作品でありうる。もしこれらが実用性だけを考えて作られたり、使われたりしているなら、そのかぎり、ほかの同じ機能をもつものと交換こうかんすることができるが、芸術とみなされているかぎりでは代替だいたい不可能である。

(土屋賢二けんじねことロボットとモーツァルト」より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 10.4週 nngu2
 ではこの「世間」はどのような人間関係をもっていたのだろうか。そこにはまず贈与ぞうよの関係が貫かつらぬ れていた。贈与ぞうよとは、マルセル・モースが提唱した人間関係の概念がいねんであるが、モースはニュージーランドのマオリ族やアメリカ先住民の慣行からこの概念がいねん抽出ちゅうしゅつしており、その基礎きそには呪術じゅじゅつがあったとしている。
(中略)
 重要なのはその際の人間は人格としてそれらのやり取りをしているのではないという点である。贈与ぞうよ関係における人間とはその人が置かれている場を示している存在であって、人格ではないのである。こうした関係と時間意識によって日本の世間はヨーロッパのような公共的な関係にはならず、私的な関係が常にまとわりついて世間を疑似公共性の世界としているのである。
 贈与ぞうよの場合それは受け手の置かれている地位に送られるのであって、その地位から離れれはな  贈り物おく ものがこなくなっても仕方がないのである。贈り物おく ものの価値に変動がある場合も受け手の地位に対する送り手の評価が変動している場合なのであり、あくまでも人格ではなく、場の変化に過ぎないのである。しかし「世間」における贈答ぞうとうは現世を越えこ ている場合もあり、あの世へ行った人に対する贈与ぞうよも行われている。
 日本における人間関係を考える場合、この贈与ぞうよ慣行を無視することは出来ない。なんらかの手助けをして貰っもら たときなどにもお礼としてものなどを送ることがある。その場合にも返礼はしなければならないが、場合によっては礼状ですますことも出来る。日本で人間関係を良く保ちたいと思えば、この慣行をうまく利用することが必要となる。単に場に対する贈り物おく ものであっても、自分の人格に貰っもら たものとして丁重な礼状を書き、場合によっては返礼をするのである。これは贈与ぞうよ慣行を逆手に取った手であって、それによって相手の敬意を受ける場合もある。しかしその場合も相手次第であって、相手がどうしようもない俗物ぞくぶつ企業きぎょうである場合にはその手は通用しない。
 次に問題になるのは長幼の序である。これは説明の必要はないかに見える。年長者に敬意を払うはら という意味であるが、ときには年長
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

者を馬鹿ばかにする場合もある。現実の日本では長幼の序は消えつつあり、若年者が優位に立ちつつある。
 次に時間意識の問題がある。「世間」の中には共通の時間意識が流れている。日本人の挨拶あいさつに「今後ともよろしくお願いします」という挨拶あいさつがあるが、これは日本特有のものであって、欧米おうべいにはそれに当たる挨拶あいさつはない。なぜなら日本人は「世間」という共通の時間の中で生きているので、初対面の人でも何時かまた会う機会があると思っている。しかし欧米おうべいの人は一人一人の時間を生きているので、そのような共通の時間意識はない。
 これと関連して日本では「先日は有難うございました」という挨拶あいさつがしばしば交わされる。しかし同じ挨拶あいさつ欧米おうべいにはないのである。欧米おうべいではそのときのお礼はそのときにするものであって、遡っさかのぼ てお礼をいう習慣はない。日本の「今後ともよろしく」という挨拶あいさつがお礼の先払いさきばら であるとすると、「先日は有難う」という挨拶あいさつは過去の行為こういに対するお礼の後払あとばらいということになる。
 「世間」は広い意味で日本の公共性の役割を果たしてきたが、西欧せいおうのように市民を主体とする公共性ではなく、人格ではなく、それぞれの場をもっている個人の集合体として全体を維持いじするためのものである。公共性という言葉は公として日本では大きな家という意味であり、最終的には天皇に帰着する性格をもっている。そこに西欧せいおうとの大きな違いちが がある。現在でも公共性という場合、官を意味する場合が多い。「世間」は市民の公共性とはなっていないのである。

 (阿部あべ謹也きんや『近代化と世間』による。ただし、一部変更へんこうした。)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.1週 nngu2
 明快に外界へ延びて行く道具とは反対に、芸術は複雑に凝縮ぎょうしゅくして、人間の手もとで無限の外界を予感させる象徴しょうちょうとなった。手仕事の現実的な効果ではなく、そのプロセスそのものが、一タッチ一タッチの痕跡こんせきを積みあげて小宇宙をつくった。外界とは相対的に独立して、芸術はそれ自体の内部に自立し得る小世界を作った。外界がどこまでも見とどけ得ない暗闇くらやみであるとするならば、人間はせめててのひらのなかに、すみずみまで見つくすことのできる完結した世界を必要としたのである。
 そのとき以来、道具の制作と芸術の制作とは、車の両輪のように手仕事のパラドクシカルな両面をそれぞれに代表した。道具はもちろん、それ自身のしかたで現実についての情報量をふやしたが、人間は依然としていぜん   小宇宙としての芸術の制作をやめなかった。道具が現実についてプラスの情報をもたらしたとすれば、芸術は譬喩ひゆ的な意味でマイナスの情報をもたらしたといえる。道具は人間がなにを知り得るかを教えたが、芸術はなにを知り得ないかを教えたといいなおしてもよい。われわれの先祖は、現実にむかって量的な距離きょりを刻々に縮めながら、一方で、なおそのかなたに拡がる無限の「沈黙ちんもく」に測深器をおろしていたのである。
 われわれがみずからの手の宿命的な短さと、その短さの積極的な意味を見失ったのは、いつのことであったか確かではない。近代にはいって道具が機械へと飛躍ひやく的な発展をとげたのちにも、われわれは依然としていぜん   あの無力な手仕事をやめなかったからである。
 地理学が発展し、望遠鏡が発達し、ひとつの山の裏表まで知りつくされたのちに、人間はなおその山を肉眼で見ることをやめなかった。有限な肉眼で眺めなが た山を、有限な画布の大きさに描きえが とどめることをやめなかった。情報の量的な大きさからいえば、山の地理学と山の風景画とはだれの眼にも比較ひかくにもならない。だが、それにもかかわらず、画家はあきもせずに、巨大きょだいな山を手のなかの小宇宙におさめる作業を続けたのである。われわれはこの「徒労」の意味を、いくら反省しても多すぎるということはない。手仕事の徒労によって、画家は初めて情報の量的な蒐集しゅうしゅうから離れはな られたのであり、一かたまりの山の捉えとら がたさを観念ではなく知り得たのではないだ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

ろうか。それと同時に、かれは手仕事がすみずみまでとどいた山の模型に、なにものかを確実に手もとに置き得た安心を味わったにちがいない。そこでもまた人間の「自己」は、無限の可能性としてよりは、現実にたいする不適合状態として耐えた られていたはずなのである。
 けれども、いつとは知れないうちに、われわれはそうした不適合存在としての「自己」を見失ってしまった。あたかも道具や機械と同じように、人間は芸術をも、「自己」の無限の可能性を証明する手段に変えてしまった。一方で、機械によって情報を量的に拡大しながら、われわれはさらに芸術さえ、その機械と同じレヴェルで競争させる地位に置いたのである。
 たとえば近代絵画を大きく変えた動機として、われわれはつねに写真機の発明ということを思い出す。写真機はその手軽さと写実能力の高さによって、当時の写実的な絵画を根底からやかした。絵画がそれによって方向を変えたのは当然だが、しかしそのときとられた対応策は、まさに機械と芸術の特色についての完全な誤解のうえに立っていた。すなわち、近代人は機械の最大の弱点は空想力の貧困にあり、芸術はみずからのイメージの多彩たさいさによって機械と競争し得ると考えたのである。

山崎正和「劇的なる日本人」より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.2週 nngu2
 人生が物語であるとすれば、世界もまた物語である。私たちの人生は、他者を含むふく 世界のなかで展開する。現象学のむずかしい議論に頼るたよ までもなく、私たちは「人間はかれの世界なしには存在せず、かれの世界はかれなしには存在しえない」ことを知っている。私たちは「世界のなかでのみ、世界を通してのみ」、自分になりうるのであり、また自分であることができるのである(R・D・レイン『ひき裂かさ れた自己』)。もちろん、ここでいう「世界」とは、実在的な環境かんきょうそのものではない。人間によって、ある仕方で意味づけられ秩序ちつじょづけられた環境かんきょうが「世界」である。それゆえ、カルロス・カスタネダの一連の著書の主人公、メキシコのヤキ族の老呪術じゅじゅつ師ドン・ファンがいうように、「世界がこれこれであったり、しかじかであったりするのは、要するにわれわれが自分自身にそれが世界のあり方なのだといいきかせているからにすぎん。もしわれわれが世界はこのようなものだといいきかせることをやめれば、世界もそうであることをやめるんだ」(C・カスタネダ『分離ぶんりしたリアリティー』)。
 現代の私たちの社会で、「世界はこのようなものだといいきかせる」最も重要な語り手は、各種のマスメディアであろう。それらは、むろんメディアの種類によってそれぞれに性質の違いちが はあるが、全体として、複雑で広大な現代社会に見合う一種の「物語提供機構」として作用し、私たちの世界像の形成と維持いじに大きな役割を果たしている。
 メディアの提供する物語はさまざまであるが、それらは必ずしも同じ平面に並んでいるわけではない。ある物語が提供され、広まると、しばしば別のメディアによって、その物語についての物語が提供され、さらにその第二の物語についての物語……というふうにつみ重なって、いわば多層化していくことが少なくないからである。情報化社会において情報の多様化が進むとよくいわれるが、多様化は同時に「多層化」をともなっている。そして、こうした情報についての情報、物語についての物語といった一種のメタ情報は、しばしば、裏情報あるいは裏話の性質をもつ。
 裏情報とか裏話というと、何かひそひそと囁かささや れるものというイメージがあるが、マスコミの発達した現代社会では、むしろこの種の情報がメディア(とくに週刊誌やテレビ)の売り物となり、広
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

く流通している。一般いっぱんに近年のマスコミは「美談」を提供することが少なくなってきたが、たとえそのような美しい物語が提供されても、たちまち「あれは実は……」といった裏話的な情報があらわれ、はじめの物語をひっくり返してしまう。裏話には「表」にあらわれているタテマエや理念を相対化し「だつ神話化」する働きがある。こうして、情報の「多層化」は、神話的あるいは規範きはん的な含みふく をもつ物語の力を衰弱すいじゃくさせる。
 裏話によって象徴しょうちょうされ、かつ形成される世界観の根底には、一種のシニシズムがある。つまり、「表」にはいろいろきれいごとが示されても、結局のところ、人間も、人間の集団や組織も、利己的な動機で動く。どんなに立派にみえる行動も、裏の動機をさぐれば、必ずや権力欲、物欲、性的関心、保身や組織防衛の必要などにゆきつくだろう。そういうものの見方である。
 しかし、裏話や裏情報というものは、ほんらい、意地の悪い仮面はがしだけでなく、おたがい人間的弱点を共有するものとして人と人とを結びつけてゆく働きや、遠い対象を身近にひき寄せて理解を深める働きなどをも含んふく でいるはずだ。表と裏を対比するというよりは、表もあれば裏もある、ふくらみをもつ全体として人間と世界をとらえ、表と裏との複雑な絡みから あいに私たちの目を向けさせるところに、むしろ裏の物語の重要な意味がある。だが、現代のメディアが提供する裏話や裏情報は、すべてを利己的・世俗せぞく的な動機に還元かんげんすることによって世界を明快に割り切る傾向けいこうを強く示している。たしかに私たち自身、この種の裏の物語に接してはじめて「なるほどそうか」と納得する場合が少なくないことは否定できない。しかし、だからといって、裏からのシニカルな解釈かいしゃくだけが現実で、表に出ているタテマエや理想はすべて虚偽きょぎだというのは単純にすぎよう。現代人も決して理想を信じる能力を失ってしまったわけではないし、また、たとえそれが表面を飾るかざ 仮面にすぎなくても、長くかぶっているうちに仮面と顔との区別がつかなくなるということもある。

井上俊「現代文化のとらえ方」より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.3週 nngu2
 日本人はよく、たがいに気心知れている人とのコミュニケーションには繊細せんさいで長けているが、気心知れない人とのコミュニケーションは苦手だと言われる。「しゃべり場」というのはほんとうは気心知れない人とのコミュニケーションの典型のようなものであるはずなのに、そこでもキャラの配置からじぶんの場所を意識するという、コミュニケーションの場の閉鎖へいさが起こっている。
 ディスコミュニケーションという言葉がある。文字どおり、コミュニケーションの断絶、つまり伝達不能という意味である。ファクシミリ、携帯けいたい電話、インターネット、iモード……とコミュニケーションの媒体ばいたいが進化すればするほど、じつはコミュニケーションではなくディスコミュニケーションがこの社会を象徴しょうちょうする現象になってきている。そのひとつに、コミュニケーションけんの縮小という現象がある。コミュニケーションの媒体ばいたいが進化することで逆に世界が縮小してゆくという、なんとも皮肉な現象である。
 たとえば新幹線から降りたとたん、多くの乗客が携帯けいたい電話を耳に当て、受信をチェックする、あるいは通話する。人とぶつかっても、話し中だから「失敬」や「ごめんなさい」のひとつも出ない。ふと思い出すのがテレビのニュースキャスターの顔。画面のなかからこちらに向かって話しかけるあの顔はほんとうは像であって顔ではない。そこには対面する顔がつくりだす磁場というものがない。射るまなざし、撥ねつけるは    まなざし、吸い寄せるまなざし、貼りは つくまなざし……。そうしたまなざしの交換こうかんはそこには存在しない。人びとの顔はそういう磁力をもたずに、ただ像としてたがいにたまたま横にあるだけだ。頭部に顔のかわりに受像機をつけた人間がうろついている、かつての未来映画で見たような都市の光景が、ふと浮かぶう  
 他人となにかを共有する場のなかではとても親密でこまやかな気配りや気遣いきづか をするのに、その場の外にいる人はその存在すら意識しない……。たとえば車中で携帯けいたい電話をする人に同乗者がしばしば強いいらだちを覚えるのは、うるさいというより、プライヴェイトな会話をむりやり聞かされるというより、じぶんがその人に他者としてすら認められていないという侮辱ぶじょくを感じてしまうからだろう。また、あるCDが六百万枚売れていても他方にそ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

の曲も歌手の名も知らない人がそれ以上にいるという事実も、 ひとつのコミュニケーションけんと別のコミュニケーションけんがまったく無関係に存在しているという、そういうディスコミュニケーションを表している。
 いまわたしたちの社会で必要なのは、たがいに接触せっしょくもなくばらばらに存立する異なるコミュニケーションけんのあいだのコミュニケーションというものではないだろうか。同じ病院にいても医師と患者かんじゃとでは文化がちがう。同じまちづくりに関わっていても行政職と住民とでは言葉がちがう。同じ遺伝子作物を問題にしても専門科学者と消費者とでは思いがちがう。そのほかにも障害者と健常者、外国人と自国民、教師と生徒、大人と子どもといったさまざまの異文化を接触せっしょくさせ、交差させるようなコミュニケーションのしくみこそが、断片的な言葉だけでじゅうぶんに意が通じあうような閉じられたコミュニケーションのしくみとは別に、構築される必要があるとおもう。
 それぞれの事柄ことがらには、事柄ことがらに応じたコミュニケーションの形式というものがある。地方自治体での政策決定や原子力発電の是非ぜひ、病院でのインフォームド・コンセント            や家裁での調停、ケア・プランの作成やゴミ処理をめぐる住民の話しあい……。それぞれの事柄ことがらにふさわしい多様なコミュニケーションの方式があるはずだ。公立高校で「哲学てつがく」の授業を試みているわたしたちは、同時に地域のコミュニティ・センターなどで「哲学てつがくカフェ」も開いている。「自己決定とは何か」「他人を理解するというのはどういうことか」といったテーマで異なる世代がディスカッションをする場を設定するのだが、そのときは、年齢ねんれいや職業、地域といった人としての帰属をぜんぶ括弧かっこに入れて、へんな話だが、たがいに気心が知れないよう工夫している。大はコンセンサス会議から小は哲学てつがくカフェまで、みなが「キャラ」によってではなくひとりの「人」として言葉を交換こうかんできるような場が、もっともっと構想されていい。

鷲田わしだ清一「『キャラ』で成り立つ寂しいさび  関係」より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 11.4週 nngu2
 Z・バウマンは、身体の統制可能と考えられている領域を「文化」と呼び、統制不可能と考えられている領域を「自然」と呼んだ。さらに文化の二重の機能を指摘してきした。現代文化の大きな特徴とくちょうは、「文化(=統制可能)」の領域を拡大し、「自然(=統制不可能)」の領域をせばめ、限定していくという方向性を持っていることだという。
 現代文化を医療いりょう技術や美容技術の発展と拡大を含むふく ものととらえるならば、バウマンの考えは納得のゆくものである。それは端的たんてきには、私たちが私たち自身の外見――身体や衣服――について認知する場合、「変えることができるもの」に分類される領域がより広まり、「変えることができないもの」として分類される領域がより狭まっせば  てきた、という点に現れる。ダイエットのさまざまな手法の流行は体重を「変化させるのが容易ではないもの」から「容易に変化させうるもの」へと変えた。日焼け機械の普及ふきゅうは、はだの色を気軽に変化させることを流行させた。
(中略)
 典型的なのはイメージ・アップの試みだろう。たとえば、ダイエット。食障害やダイエットの果ての死亡事故など、なかば社会問題として取り扱わと あつか れるようになってもなお、依然としていぜん   ダイエット・ブームは続いているし、一向に終息の方向へは向かう様子がない。このようなダイエット商品やエステティック・サロンの広告コピーには「生まれ変わった私」「まるで別人!」といったことばが多用される。これらのことばには、従来意図的に変更へんこうすることが簡単ではなかったもの(=体重、体型)をある商品を使用することによって変えることができる、それと同時に「その人らしさ」にかかわる「個性」ならば、より魅力みりょく的なものに変えることができるのだ! という企てくわだ が表現されている。こうしたイメージ・アップの企てくわだ はさまざまな商品化をともないながら、私たちの外見のあらゆる領域に向けられていく。
 消費社会とその文化は、さまざまなヴァリエーションを持った商品を大量に供給することによって、私たちが身につけるありとあらゆるものを「着替えるきが  」ことを可能にした。さらに、手軽な形で商品化された技術によって、身体のさまざまな部分に手を加えることが可能になった。かつては身体的特徴とくちょうは容易には変化させるこ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

とができない、とみなされていたが、今日では投資さえすれば、身体的特徴とくちょうを別人のように変えることも不可能ではない。整形手術、フィットネス、エステティック、ダイエット、かみはだや眼の色を変えること、歯列矯正きょうせい、毛深さや太りやすい体質を改善すること、身長の印象操作などなど。しぐさや振る舞いふ ま 、ことば使いに至るまで、各種のトレーニング・コースが用意されている。
 注意しておかなければならないのは、身体や外見が「操作可能なもの」となってきたとしても、それはかならずしも人びとの外見の多様なあり方にすぐさま結びつくわけではないということである。操作可能性は個人間の差異を矯正きょうせいし、ある集団を同一の形式に統一する方向に作用することもありうるのだ。
 身体や外見に関して「着替えきが られる」「変更へんこう可能な」ものだという認識を多くの人が持つにつれて、特に女性や青年といった人たちのあいだには「着替えきが られるものなら着替えきが たい」というストレートな欲望が生ずるようになる。そしてその欲望は、身体や外見を操作するさまざまなタイプの商品の消費へと彼らかれ 彼女らかのじょ 駆り立てか た ていく。

 (千住博『美術の核心かくしん』による)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.1週 nngu2
 われわれが台所よりも先に家から外に出したのが、病人の世話であり、出産であり、死であった。誕生・病気・死は、人間がもっとも自然の近くにあるわけで、「自分は生き物である、いま生きているんだ」と実感する現場でもある。その重要なシーンが、病院など非日常的な空間で展開されることにより、日々の暮らしと遊離ゆうりしてしまっている。そして排泄はいせつ物の処理もいまや水洗の普及ふきゅうで、家庭内から去った。そんななかで、自然との接点として家庭内に唯一ゆいいつ残っていたのが調理である。いわば人間が人間らしく生きるための最後の牙城がじょうといえる。じぶん自身の生の証を確認する場面が家の外に出たことで、生活の原点が希薄きはくになり、現実と非現実の境界がしだいに崩れくず てきた。そのため、じぶんの座標軸ざひょうじくがうまく成り立たなくなったような気がする。そして、われわれの生活は無意識のうちに自然から遠ざかっている。
 それを象徴しょうちょうしているのが、コンビニやスーパーの食品を包む透明とうめいのラップである。肉、魚、野菜などほとんどの食品が発泡スチロールはっぽう     の皿に載せの られ、上からラップをかけられて陳列ちんれつされている。じつはあれも、ナマの自然に触れふ たくないという現代人の潜在せんざい意識からきているのではないだろうか。対象物に直接さわらないで透明とうめい被膜ひまくごしに触れるふ  感覚は、人間同士でもおこなわれている。朝シャンに代表される清潔シンドロームは、他人とじかに接触せっしょくするのを嫌がるいや  若者たちが中心だった。それは透明とうめいのラップで人間の身体をすっぽり包むのと同じ感情である。身体と身体をぶつけ合って相手を理解することはまれで、相手にのめり込ま   こ ず、距離きょりをおいて付き合うのがおしゃれとされてきた。じぶんの存在にラップをかけることで他人を拒絶きょぜつする。そういう奇妙きみょうな生活様式が定着しつつある。
 ところで、じつを申せば、わたしはコンビニという存在があまり好きではなかった。ガラス張りのコンテナといった安普請やすぶしんで、物も生活必需ひつじゅ品ばかり。その名のとおり、簡便というだけ。スタッフといってもプロ意識のないアルバイト店員が二、三人いるだけで、サービスもマニュアルどおりでそっけない。異様に明るいとい
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

う以外は、なにか人間の安っぽさだけを見せつけられているみたい、そのうちじぶんの存在までみすぼらしくなってしまいそう……。そう思ってきた。
 ところが、何度も足を運ぶうちに、コンビニのイメージが変わってきた。二十四時間営業の便利さ。それに昔のよろず屋ふうで、いざというときに必要なものが案外きちんとそろっている。それこそ香典こうでんぶくろもあれば、たばこやコピー機もある。屋台のような熱々のおでんもある。宅配便の受付もしてくれる。なにか今の都市生活のカタログを見ているような気分になる。こうしてコンビニはいまや、都市生活のべーシックといった存在になりつつある。市民の私室の引き出しや冷蔵庫のかわりをしているともいえる。なかでも、たいていは家から歩いて数分のところ、という利便性がいい。
 こんなことを考えていて、ふと思いついた。そう、これ、地域のセンターになりうる。デリバリー・システムにするのだ。注文は家でパソコンでおこなう。老人だって操作できるようなかんたんな機器で。すると帰宅にあわせて配達してもらえるよう手配できる。配達をかねて、独居老人のケアもできる。ついでに回覧板も回せばいい。阪神はんしん大震災だいしんさいのときは、社えん地縁ちえんが行政よりもきめ細かに機能したものだが、そういう小さな「民」のネットワークのセンターや中継ちゅうけい地になる可能性が、コンビニにはある。
 地域密集型の社会にこれほどコンビニが隣立りんりつするようになったのだから、その数を生かさぬ手はない。銀行振込ふりこみも納税手続きもいろいろな証明書の発行もここでできるようにしたらいい。郵便局の機能はすでに一部はたしている。相当数のお役所仕事はこれで簡素化できるようになる。学生だけでなく、住民も交替こうたいでアルバイト勤務すればいい。このようにみてくると、コンビニこそ、単身生活者がふえるこれからの都市生活、これからの市民自治にきめ細かに生かすことのできる装置ではないか。生活協同組合というものの本来の精神も、たぶんそういうものだったのだろうと思う。

鷲田わしだ清一「コンビニという文化」より。ただし、省略と語句の変更へんこうを行なった部分がある。)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.2週 nngu2
 才気煥発かんぱつなツッコミの話芸だけに注目が集まる傾向けいこうがはっきり現れたのが、80年代の「マンザイ」ブームである。コンビを解消して生き残ったほとんどがツッコミ役の芸人だったのは、才能の差異という以上に、おそらくはテレビという視覚優越ゆうえつメディアとの相性であった。最近のテレビの場合、字幕でもツッコミを入れる。決めのセリフをことさら強調したり、必要ならば怒りいか のマークまで付けてくれたりする。マンガ表現の応用だが、自分の理解の速度や密度にあわせて享受きょうじゅできる印刷物の情報と違っちが て、なんとも押しつけがましいお       
 かつて漫才まんざいには「ツッコミ」と「ボケ」という二つの役割があった。太夫・才蔵の万歳ばんざい芸のように、阿呆あほう役と賢いかしこ 役が決まっていたという意味ではない。性格づけの芸人への固定化は、むしろ後で確立したマンネリである。漫才まんざいの自由の本当の可能性は、「賢いかしこ 」はずのツッコミと「あほ」なはずのボケの言っていた理屈りくつや価値が、対話を通じて時に転換てんかんし、逆転してしまう点にこそあった。
 政治や論壇ろんだんの現状に適用するつもりはないが、単なるツッコミの攻守こうしゅの逆転が、どっちもどっちという平板で白けた認識を、視聴しちょう者・読者に生み出してしまっている状態とはいささか異なる。その種の単純な反転の貧しさは、ボケの果たすべき役割が衰弱すいじゃくしたところに由来するのではないか。
 ボケという言葉はすでに幕末から芸の批評に使われていて、もともとは「とぼける」を下敷きしたじ にして造られたものらしい。ただし、今日のように意図的にごまかして曖昧あいまいにするというのとは、ニュアンスがだいぶ違うちが 。当時の用法に、未熟な「にわか」(狂言きょうげんの一種)は、さむらいさむらいで通し、坊主ぼうず坊主ぼうずらしい事ばかり言って、「ボケル所なく」、四角四面で面白くない、とある。
 今のボケが有している語感からすると想像しにくいくらい能動的な美意識で、むしろ型通りの常識を装いつつも、ぬけぬけと意外な視点を持ち出し、さもありそうな理屈りくつわくを意識的に外してしまう演じ方だったようだ。
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

 そうだとすればボケるは、さむらいらしさや坊主ぼうずくささへの意図的な批評である。そして「らしさ」や「くささ」まで表現するには、批判対象の周到しゅうとうな観察が不可欠である。そう考えると、悪口としてだけ使われている「平和ボケ」にも、したたかな戦略の意味を込めこ うるかもしれない。
 いつからだろう、バラエティー番組の世界では、無邪気むじゃきで無自覚で無節操な脱線だっせんを「天然ボケ」と称ししょう て、愛でるようになった。ボケということばがいかに表面的になってしまったかを、率直に物語るものだ。ボケルことが単純で無能になれば、ツッコムことが平板で一面的にならざるをえないのは、理の当然。
 テレビをはじめ映像メディアそれ自体のツッコミの手法を、批評の自覚的な対象とすべき時代である。ある時は巧妙こうみょうなリピート画像で一回しか言わなかった間違いまちが を連呼させ、ほんのわずかな表情のニュアンスを取り出して固定化して「いじる」。観衆を代表する笑い声つきというお約束の手法も、さていつころから、画面づくりのあたりまえの装置として動員されるようになったのか。テレビ文化の研究者も、文学や映画の作品批評に倣っなら た番組内容論ではなく、映像操作というか「客いじり」の微細びさいなテクノロジーの歴史を本格的に書いてくれないか。たぶん立派な権力論になると思う。

佐藤健二「ボケ。理屈りくつわくを外す力」〔『朝日新聞』二〇〇二年四月九日付〕より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.3週 nngu2
 砂漠さばくには何もない。何もないということがとうぜんのようになってくると、逆に、なぜ日本の生活にはあんなにもたくさんのものがあるのか、奇妙きみょうに思えてくる。あんなに多くのものに取り巻かれなければ暮してゆけないのだろうか、と。もしかしたら、それらのものは、ぜんぶ余計なものではないのか。余計なものに取り巻かれて暮しているから、余計な心配ばかりがふえ、かんじんの生きる意味が見失われてしまうのではないか……。
 しかし、待てよ、と私は考える。生きてゆくのに必要なものだけしかないということは、文化がないということではないか。生きてゆくうえに必要なもの、それを上まわる余分のものこそが、じつは文化ではないのか。文化とは、言ってみれば、余計なものの集積なのではないか。だとすれば、砂漠さばく肯定こうていすることは、文化を否定することになりはしまいか……。
 それにしても――と私はさらに考えなおす。私たちはあまりにも余分なものを抱えこみかか   すぎているのではなかろうか。余分なものこそ文化にはちがいないが、さりとて、余分なもののすべてが文化であるわけもなかろう。余分なもののなかで、どれが意味があり、何が無価値であるか、それをもういちど考えなおす必要がありはしまいか……。
 砂漠さばくとは、こうした反省を私にもたらす世界である。砂漠さばくは現代の文明社会に生きる人びとにとって、一種の鏡の国と言ってもいいような気がする。私は砂漠さばくに身を置くたびに、ある探検家がしみじみと洩らしも  たつぎのことばをかみしめる。
 砂漠さばくとは、そこへ入りこむさきには心配で、そこから出て行くときにはなんの名残もない。そういう地域である。砂漠さばくには何もない。ただ、その人自身の反省だけがあるのだ」
 私は、砂漠さばくに自分自身の姿を見に行くのである。

 砂漠さばくは、私たち日本人が考えがちなロマンチックな場所ではけっしてない。王子さまとお姫さま ひめ  が月の光を浴びながら銀色の砂の上を行く――などというメルヘンの世界ではない。昼と夜とで温度は激変し、一瞬いっしゅんのうちに砂嵐すなあらしが天地をおおってしまう、そういうおよそ非情な世界である。日本という井戸いどのなかに住むかえるであ
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

る私は、こうした砂の世界に足を踏み入れふ い たとたん、いつも後悔こうかいする。よりによって、なんでこんなところへ来てしまったのか!
 だが、その後悔こうかいは、やがて反省へ変り、さらに希望へと移ってゆく。生きることへの希望へ。
 この意味で、砂漠さばくこそ最もロマンチックな場所であり、メルヘンの世界だと私は思う。なぜなら、そうした「反世界」へ行こうとすることこそが、現代ではいちばんロマンチックな行為こういのように思われるからだ。メルヘンの世界とは、さかさまの国のことである。だとすれば、砂漠さばく行こそ、まさしくメルヘンの国への旅ではないか。
 千里の旅、万巻の書――旅とはいろいろに考えられよう。しかし私は、旅とは、さかさまな国で自分を発見すること、後悔こうかいの向うに希望を見出すこと、そして人間の世界は、かくも広く、かくも多様で、かくも豊かなのだということを実感することだと思う。
 だからこそ、千里の旅は万巻の書に値するのである。

(森本哲郎砂漠さばくへの旅」より)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534 
 
a 長文 12.4週 nngu2
 デザインと絵画や彫刻ちょうこくについて、何かそこには決定的な違いちが があるのかもしれないと思う人たちの根拠こんきょは、言ってみればできの良くない作品を思いうかべてのことだと思います。絵画や彫刻ちょうこくのできの悪い作品は、とにかく色がきたない、形が悪い、何を言っているのかさっぱりわからない、暗い、湿っぽいしめ   、いやらしい(書いていてもいやになりますが)、ということで(もっと探せばどんどん出てきますが、このくらいにしておきます)、「そんなものを、彼らかれ は真顔でやっているのだから、私にはわからないけれど、さぞかし高尚こうしょうなことがそのおくにあるに違いちが ない」というわけです。しかしそれは買いかぶりかもしれません。だれが見ても変なモノは変で、実は本人としてもこれはちょっと困ったと思っているものです。だから顔もけわしくなってしまうのですね。難解な作品は、作者にも難解で、色の悪い作品は、作者が見ても「色が悪いなー。でもまあいいか、というよりこれしか描けえが ないんだから、仕方ないよ」と思っているかもしれません。で、そう思っているのはまだいい方で、それすらわかっていない場合もしばしばありますが。
 ではデザイン。できの良くないものは、センスが悪い、どこかの真似、使いにくい、やぼったい、等々……芸術とは全てを超えるこ  くらいすばらしいもののはず、と思いこんでいる人たちから見ると、違うちが だろう、となってしまうところでしょうが、それは単にそれができの悪いものだったというだけで、だからデザインが芸術ではない、ということにはなりません。
 考えてみると日本の芸術の過去の傑作けっさくの多くは、今で言うところのデザイナーの作品でした。屏風びょうぶという形式はインテリアデザインの流れで平安時代に流行したものですし、派は装飾そうしょくデザイン以外の何ものでもなかったわけです。それは皿から壁紙かべがみ、本に至るまで、本当に見事なデザインワークで、今や幅広くはばひろ 国宝に指定されています。浮世絵うきよえなどは今で言うグラフィックデザインですし、鎌倉かまくら時代の「伝源頼朝みなもとのよりとも像」などの肖像しょうぞう画は今ならさしずめ稲越いなごし功一さんや篠山しのやま紀信さんの写真を長友典さんがアートディレクションしたような仕事です。茶道で用いる茶碗ちゃわんや茶道具という
 333231302928272625242322212019181716151413121110090807060504030201 

芸術は、キッコーマンのあの醤油しょうゆビンのデザインをしたあん憲司さんなど、工業デザイナーの領分ですし、俵屋宗達は一大ファクトリーの偉大いだいなアートディレクターでした。
 私は生前の田中一光さんと交流がありましたが、グラフィックデザイナーである氏の発言や行動から終始感じていた印象は、一人の偉大いだいな芸術家以外の何ものでもないということでした。主に広告の世界に生きて見事な一貫いっかん性をお持ちになっていた方でしたから、自身が実際よしとしないものの広告は絶対に手がけなかったことでしょうし、広告主も田中さんを芸術家として尊敬していました。
 そもそも芸術とは、ここではない「どこか」につれていってくれるかどうかで真価が決まります。一方、絵画とはいえ、「どこにもつれていってくれない」ものも多くあり、絵画なら全て芸術というわけではない、と気付きます。そうやって考えてみると、すぐれたデザインは、非日常への入口として存在しているのです。

 (千住博『美術の核心かくしん』による)
 666564636261605958575655545352515049484746454443424140393837363534