長文 5.2週
1. 【1】就業人口の半分以上が従事する産業に時代を代表させ、社会の発展段階を狩猟しゅりょう社会、農業社会、工業社会、情報社会と分類すると、現在は情報社会の盛期に位置するという解釈かいしゃくがある。
2. 【2】それぞれの社会がどれくらいの期間にわたり持続したかを計算してみると、現代の人間の直系の祖先をネアンデルタールなど後期石器時代の人類とすれば、狩猟しゅりょう社会は数万年、農業社会は数千年、工業社会は数百年という単位で継続けいぞくし、二十世紀の中ごろから出発した情報社会が数十年という単位で経過したのが現在ということになる。(中略)
3. 【3】農業社会は特定の地域で特定の作物が集中して栽培さいばいされる単品種多生産方式が特徴とくちょうである。工業社会になると、種類を限定した製品を大量に生産する少品種多生産になる。
4. 情報社会になると、工業製品であっても、同一の仕様のものはきわめて少数しか生産しない多品種少生産が特徴とくちょうとなる。【4】情報社会の産業のコメといわれる集積回路(IC)の中の特定用途ようと集積回路はその代表である。この特徴とくちょうは生産技術の進歩にもよるが、希少であるほど価値があるという情報の性質を反映していると理解してもよい。
5. 【5】この方向を発展させると、一品種一生産という特徴とくちょう浮かび上がるう  あ  。ある製品を一品ずつしか生産しないという特徴とくちょうは、産業革命以前に逆行するかのようだが、この一品種一生産は高度な技術に支援しえんされた方式である。【6】各種の製品についてこのようなシステムが実用化すれば、一品種一生産であっても産業革命以前とは根本的に違うちが 生産方式が実現することになる。
6. 農業の発生と並行して集合し定住するという生活形態が出現したが、それは農業が短期に多くの労力を必要とするからであり、労働集約生産が農業社会の特徴とくちょうである。【7】工業社会でも労力は必要だが、より重要な要素は生産設備である。高度な設備の導入が生産効率を向上させるため、企業きぎょうが競って工場に最新の設備を投入する設備集約生産が工業社会を特徴とくちょうづける。∵
7. 情報産業の代表であるソフトウェア産業では状況じょうきょう大幅おおはばに変化する。【8】この分野は新規の労働集約産業といわれ、端末たんまつ装置が配置された部屋に多数の人間が集まってソフトウェアを生産する。しかしそれらの人間は肉体労働をしているわけではなく、高度な知識を駆使くしして知的生産に従事しており、知識集約産業と表現するのが適切である。
8. 【9】次期社会の重要な産業になると期待されているものに映像産業がある。衛星放送やCATV(有線テレビ)の普及ふきゅうによりテレビジョンの総放送時間数は急増し、今後十年間で四倍程度に増加すると予測される。一部は過去の映画などを利用するとしても、ほとんどは新規に制作される必要がある。【0】
9. この制作も多数の人間による労働集約的な生産であるが、そこで要求されるのは農業社会での労力でも情報社会の知識でもなく、人間が感動したり感激したりする内容を創造する能力である。この能力を「感性」と表現すれば、次期社会での産業は感性集約産業ということができる。
10. 工業社会から情報社会に移行する時期に、重厚長大から軽薄けいはく短小への転換てんかんという言葉が流行した。重量や容積当たりの価格が高価な製品に産業が移行するという現象だが、「軽薄けいはく短小」以後は、そのような言葉では表現できない製品を生産する産業が登場してくる。
11. 次代の十兆円産業と期待される映像産業が創造するイメージウェアは、重量で計測できる製品ではなく、まったく異質の価値基準でなければ測定できず、そこで誕生してきた表現が「美感遊創」である。
12. (中略)
13. 終焉しゅうえんしつつある情報社会を代替だいたいして出現する感性社会では、技術は芸術も目指し、技術者は芸術家に変身すると言えよう。

14. (月尾つきお嘉男よしお「産業技術」による)