長文集  6月4週  ○今の世の中、孤独という言葉は  nnza2-06-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/02/22 20:05:30
 【1】今の世の中、孤独という言葉は、な
ぜか悪いイメージで塗り固められている。い
つからそうなったのか、私は知らない。いつ
の頃からか、引きこもりという言葉が、現代
の若者や子どもたち の、社会や学校に出ら
れないで家にこもり切りになる特殊な状態を
指すようになってから、孤独のイメージはす
っかり悪くなった。【2】言い換えるなら、
引きこもりの若者や子どもたちが何万、何十
万という数になってから、いよいよ孤独のイ
メージは、社会的に手を差しのべてあげなけ
ればならないもの、克服しなければならない
もの、といった否定的なものになってしまっ
たのだ。
 【3】もちろん、集中的ないじめを受けた
り、心の病になったりして、まともに対人関
係を保てなくなった場合には、周囲からの何
らかのサポートが必要であることは言うまで
もない。そういう場合の孤独と、人間ひとり
が生きていくうえで本来的にまつわりつく孤
独とでは、本質において違うもののはずだ。
両者の間に明確な線引きはできないにしても

 【4】ところが、両者をいっしょくたにし
て、すべて孤独はあってはならないものであ
るかのような風潮になっているところに問題
がある。子どもには子どもなりに、心の成長
や考える力をつけるためには、孤独な時間は
とても大事なのに、今の社会はそのゆとりを
持たせようとしない。【5】ミヒャエル・エ
ンデの『モモ』に描かれた「時間貯蓄銀行」
の銀行員のように、何もしないでいると、た
とえば、「あなたはきょうは、二時間三十一
分四十七秒無駄にし た。一生は六十六万六
千四百三十二時間二十五分四十八秒しかない
のだから、時間をそんなに無駄にしてはいけ
ない。【6】一分一秒でも何もしない時間は
私どもに預けなさい」といったぐあいに迫る
のだ。
 やれ塾に、やれお稽古に、やれ宿題に、と
迫られることに耐えられない子どもたちは、
ゲームやケータイやパソコンに没入する。【
7】大人たちは奇妙なことに、ちゃーんとゲ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
ームやケータイやパソコンを大量生産して、
子どもたちがどんどんその世界に入るのを誘
っている。そういうものをどんどん子どもに
与えるのは、「麻薬∵を与えるに等しい」と
言ったのは、医療少年院に勤務する精神科医
・岡田尊司氏だ。
 【8】ダブルバインド(二重拘束)という
精神医学用語を紹介したことがある。社会学
や人類学などマルチな才能を持つベイトソン
という学者が作った、人間の心の領域にかか
わる用語だ。ベイトソンが紹介している象徴
的な症例はわかりやすい。母親が精神病院に
入院中の息子に面会に行く。【9】息子と並
んで座った母親は、口では「あなたを愛して
るのよ」と言うが、内心では息子を恐れてい
る。息子は言葉をそのまま受けとめ、嬉しく
なって母親にキスをしようとする。ところが
、母親は一瞬だがピクッと顔をこわばらせ、
キスされるのを避けるように身をそらす。【
0】内心が身体に表れたのだ。息子は鋭く母
親の二面性を読み取り、病室に駆け戻る。母
親が帰った後、息子は暴れまくり、保護室に
入れられてしまう。
 親が二律背反のことを同時に子どもに言う
と、子どもはどちらを選んでいいかわからな
くなり、精神的に混乱したり、身動きができ
なくなったりする。そういう親に育てられた
子は、心の発達にゆがみが生じるおそれがあ
る。これがダブルバインドとその結末だ。

(柳田邦男の文章による。一部省略がある。