【1】今の世の中、孤独という言葉は、な ぜか悪いイメージで塗り固められている。い つからそうなったのか、私は知らない。いつ の頃からか、引きこもりという言葉が、現代 の若者や子どもたち の、社会や学校に出ら れないで家にこもり切りになる特殊な状態を 指すようになってから、孤独のイメージはす っかり悪くなった。【2】言い換えるなら、 引きこもりの若者や子どもたちが何万、何十 万という数になってから、いよいよ孤独のイ メージは、社会的に手を差しのべてあげなけ ればならないもの、克服しなければならない もの、といった否定的なものになってしまっ たのだ。 【3】もちろん、集中的ないじめを受けた り、心の病になったりして、まともに対人関 係を保てなくなった場合には、周囲からの何 らかのサポートが必要であることは言うまで もない。そういう場合の孤独と、人間ひとり が生きていくうえで本来的にまつわりつく孤 独とでは、本質において違うもののはずだ。 両者の間に明確な線引きはできないにしても 。 【4】ところが、両者をいっしょくたにし て、すべて孤独はあってはならないものであ るかのような風潮になっているところに問題 がある。子どもには子どもなりに、心の成長 や考える力をつけるためには、孤独な時間は とても大事なのに、今の社会はそのゆとりを 持たせようとしない。【5】ミヒャエル・エ ンデの『モモ』に描かれた「時間貯蓄銀行」 の銀行員のように、何もしないでいると、た とえば、「あなたはきょうは、二時間三十一 分四十七秒無駄にし た。一生は六十六万六 千四百三十二時間二十五分四十八秒しかない のだから、時間をそんなに無駄にしてはいけ ない。【6】一分一秒でも何もしない時間は 私どもに預けなさい」といったぐあいに迫る のだ。 やれ塾に、やれお稽古に、やれ宿題に、と 迫られることに耐えられない子どもたちは、 ゲームやケータイやパソコンに没入する。【 7】大人たちは奇妙なことに、ちゃーんとゲ |
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ームやケータイやパソコンを大量生産して、 子どもたちがどんどんその世界に入るのを誘 っている。そういうものをどんどん子どもに 与えるのは、「麻薬∵を与えるに等しい」と 言ったのは、医療少年院に勤務する精神科医 ・岡田尊司氏だ。 【8】ダブルバインド(二重拘束)という 精神医学用語を紹介したことがある。社会学 や人類学などマルチな才能を持つベイトソン という学者が作った、人間の心の領域にかか わる用語だ。ベイトソンが紹介している象徴 的な症例はわかりやすい。母親が精神病院に 入院中の息子に面会に行く。【9】息子と並 んで座った母親は、口では「あなたを愛して るのよ」と言うが、内心では息子を恐れてい る。息子は言葉をそのまま受けとめ、嬉しく なって母親にキスをしようとする。ところが 、母親は一瞬だがピクッと顔をこわばらせ、 キスされるのを避けるように身をそらす。【 0】内心が身体に表れたのだ。息子は鋭く母 親の二面性を読み取り、病室に駆け戻る。母 親が帰った後、息子は暴れまくり、保護室に 入れられてしまう。 親が二律背反のことを同時に子どもに言う と、子どもはどちらを選んでいいかわからな くなり、精神的に混乱したり、身動きができ なくなったりする。そういう親に育てられた 子は、心の発達にゆがみが生じるおそれがあ る。これがダブルバインドとその結末だ。 (柳田邦男の文章による。一部省略がある。 ) |