長文集  7月1週  バイオテクノロジーと倫理  nnzi-07-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:56:28
 【1】ケンタウロスは、人間の上半身に馬
の胴と脚がついた生き物だ。人魚姫は、人間
の上半身に魚の胴と尾がついている。インド
のガネーシャは、人間の身体にゾウの顔がつ
いている。これらの不思議な神話上の生物を
作る技術を、現代のバイオテクノロジーは手
に入れつつある。【2】科学の進歩は、科学
の悪用の可能性と不可分の関係にある。その
典型的な分野のひとつが、核物理学である。
物質が持っている膨大な熱量の可能性を、人
間はエネルギーとして利用することもできる
し、兵器として利用することもできる。【3
】同様のことが、バイオテクノロジーの未来
についても言えるのではないか。
 バイオテクノロジーの今後の発展から予想
される第一の問題は、できることとやってい
いことは違うという区別の基準がまだはっき
りしていないことである。【4】遺伝子の解
析技術が発展すれば、各種の遺伝的な疾病の
改善には役立つだろう。しかし、それは遺伝
的素質による就職や結婚の差別を生み出すこ
とにもつながる可能性がある。人類のこれま
での歴史は、無条件に病気を悪、健康を善と
してきた。【5】しかし、不老不死が技術的
に可能になりつつある時代に大切なのは、い
かに生きるかという技術よりもいかによりよ
く生きるかという哲学である。自然界を見れ
ばわかるように、生き物はみな成長し子孫を
残し年老いて死んでいく。【6】永遠の生命
を求めることは、大きく見れば自然の摂理に
反することではないだろうか。自然の摂理と
人間の倫理の統合がこれから求められてく 
る。
 問題点の第二は、科学の発達による恩恵が
強力なものであればあるほど、あとでその弊
害がわかったときに、手後れとなることも多
いということである。【7】特に、生命に関
することについては、人間の知識は肝心なこ
とは何もわかっていないと言ってよい。生命
を生み出す知識さえないのに、生命を部分的
に操作する技術だけはあるという状態が最も
危険なのだ。【8】この危険性を防ぐために
は、多様性の確保を技術の発達以上に優先す
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ることだ。農業の品種改良で、F1雑種によ
る成果が取り上げられることは多いが、それ
が地域固有種の絶滅に結びつくようなことが
あってはならない。大きな恩恵は、大きな弊
害と裏腹の関係にある。∵
 【9】バイオテクノロジーは大きな可能性
を秘めている。それ は、肉体の変容だけで
なく、精神の変容に生かすことさえできるよ
うになるだろう。大切なのは、その可能性を
発展させるか、その危険性を抑止するかとい
うことではない。【0】どのような技術も、
それを生かす社会の仕組みによって、人間を
助ける乗り物にもなれば、人間を傷つける武
器にもなる。ケンタウロスや人魚姫やガネー
シャが人間と一緒に暮らすようになってもよ
い。しかし、大事なことは、すべての生物が
自分の存在に自信と誇りと喜びを感じて生き
ていくための技術でなければならないという
ことである。

(言葉の森長文作成委員会 Σ)