長文集  7月3週  ★中国には数限りなく(感)  nnzi-07-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】中国には、数限りなくいっているし
、ベトナムにはこれで三度目だ。北朝鮮はは
じめてで、近くて世界で最も遠い国には興味
があった。報道で伝えられてくるものは、情
報としてはともかく、肌ざわりが感じられな
い。【2】そこにはどんな空気が流れている
か、闇の濃さはどのくらいであるかと、物書
きには実感が大切だ。実感ばかりに頼って歴
史の大きな流れを見落としがちになるという
欠点は充分にわかっているつもりで、小さな
真実のようなものを拾い集める旅をしてきた
。【3】駆け足で通り過ぎていく旅人にはそ
れしかできないからなのだが、旅というのは
表層をかろやかに浮遊するというようなもの
だろう。旅の快感に身をひたすということな
のかもしれない。それが昔から私がとってき
た方法なのだよ。
 【4】君の年齢よりもう少し若いぐらいの
時から、私はリュックを担ぎゴムゾウリをは
いて、アジアの大地をぎらぎらと巡ってき 
た。最初に踏みしめたのは下関から船に乗っ
てたどり着いた韓国の釜山で、次は横浜から
留学生船と呼ばれるフランス郵船の貨客船に
乗って上陸した香港とバンコクだった。【5
】バンコクからプノンペンに飛んだのが、生
まれてはじめて乗った飛行機だったよ。
 あの頃、せいぜい遠くまでいったといえる
のが、インドだった。結果的にアジアにこだ
わってきたといえるのだが、その理由は安く
いけるということからだ。【6】運賃も近い
から安いし、食う寝るも安くすんだ。安くて
心が充たされるというのが、当時の私の方向
感覚であった。もちろん今もそれはたいして
変わっているとはいえない。
 あの頃のアジアには変わらないことへの安
らぎというようなものがあった。【7】悠久
の時に充足してたゆたっているような感覚が
あり、高度成長期にはいり経済活動に邁進し
はじめた国からやってきた若者には、なくし
てしまった過去を訪ねるような趣きがあった
よ。ソウルやバンコクの路地から、子供の私
が駆けてくるような雰囲気があったのだ。∵
 【8】今、アジアの国々はそれぞれの道を
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歩いている。当時、先頭を全力疾走していた
日本は少しくたびれ、未知の世界を前に立ち
暮れているような風情である。一方、北朝鮮
以外の国々は歩調をあわせ、同じ方向に向か
って走りだした。【9】それは日本が走って
きたと同じような道で、その功罪を知ってい
る私は一定の危惧を禁じ得ないのである。あ
んまり速く走るとまわりの風景も見えない 
し、疲れて余裕もなくなってしまう。【0】
それに、物質的な満足など、人の喜びのほん
の一部なのだ。衣食の足りているもののいう
言葉だといういい方もあるが、今私たちの国
をおおっている虚ろさを彼らにどう伝えたら
いいのだろう。
 君たちはこれからどのように生きようとし
ているのか、と考えると、私は暗澹としてく
る。時代はいつも暗澹としていて、ことに若
者は暗澹としている。私は暗澹のリュックを
担ぎ、アジアの大地を一歩また一歩と暗澹と
して歩を運んでいたといえる。これからは君
たちの時代なのだが、アジアの人たちと暗澹
たる気分を分けあっていくよりしょうがない
のではないかと思う。これから無限に希望の
ある時代とはとてもいいがたいのだ。(中略

 温暖化している地球で、ことにアジアは熱
い場所だ。将来の地球の運命を決める場所と
いってもよいかもしれない。若い君に、いま
だ固まらない熱い岸辺を歩くことを、私はす
すめたい。