長文集  8月1週  ★実は現在インターネットの(感)  nnzi-08-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】実は現在インターネットの上では二
つの力が争っていると思うんです。一方はそ
れを資本主義化してしまおうという力、もう
一方はそれを贈与交換の世界へ引き戻そうと
いう力です。
 【2】インターネットは、その出発点にお
いては、アメリカ国防省から軍事研究を委託
されていた、研究者の間の科学研究の情報の
ネットワークであったわけですが、もともと
の参加者である科学者にとっては、インター
ネットを経済的な目的に使うのは抵抗がある
ようです。【3】科学者の集団というのは、
少なくとも建て前の上では、信用なるものに
よって結ばれている世界なのです。科学者が
おたがいに論文を交換する、あるいは科学情
報や技術情報を交換するとき、それは同じ科
学コミュニティの一員としておたがいの名前
を認めあっているからです。【4】たとえ個
人的に名前を知らない場合でも、博士号を持
っていたり、名のある研究機関に属している
人間であれば同じです。そこでは、まさに名
前というものが重要な役割を果たす信用のネ
ットワークが築かれる。【5】そして、その
名前が重要な役割を果たす世界とは、贈与交
換の世界なのです。たとえば、古代ギリシア
のホメロスの叙事詩のなかに出てくる英雄た
ちは、他人から贈与を受けたら、自らの名誉
を守るために、つまり自分の名前の信用を守
るために、必ず贈与をした人間に対して返礼
をする。【6】ここでは、まさにおたがいの
名前に対する信用が人間と人間との交換を可
能にしている。贈られるモノそのものに価値
があるから返礼するのではなく、贈った人間
と贈られた人間との間の一種の信用関係を保
つためにモノが交換されるのです。
 【7】昨年、あるコンピュータ・サイエン
スの会合に呼ばれて講演をしたときに出会っ
た何人かの人たちは、コンピュータ・コミュ
ニケーションの世界に資本主義的な要素が入
り込んでくるのをなるべく排除しようとして
いました。【8】それは、いうなれば、それ
を原初における贈与交換の世界のままに保ち
たいという必死の抵抗でしょう。その極端な
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例が、ソフトウェアを全部タダにしようと、
それをネットを通じてタダでばらまこうとい
う動きです。【9】コピーレフトですね。あ
れはインターネットから資本主義の原理を排
除して、∵なるべく古き良き贈与交換の世界
に留めておこうという動きだと思います。
 【0】これがインターネットのなかで働い
ている一方の力です が、しかし不幸にして
、もう一方の力が厳として存在しており、そ
れはいうまでもなく資本主義化への動きなの
です。そして、コピーレフトに全面的に対抗
する手段となるのが暗号化の技術です。イン
ターネット上の情報を暗号化すると、その情
報の内容はまさに秘密キーを持っている人間
だけしか知ることができなくなる。つまり、
ここに所有権が確保され、その所有権をもと
にした商品交換が可能になるというわけです

 いまインターネットを舞台にして、この二
つの力が争っているんだと思います。幸か不
幸か、私は経済学者ですから、資本主義化へ
の動きというものがいかに強いものであるか
を良く知っています。そして、さらに不幸な
ことに、じつは贈与交換を維持しようとして
いる動きには自己矛盾がはらまれている。な
ぜならば、インターネットとは、原則として
すべての人が自由に参加できることを前提に
しているわけですが、おたがいの間の信用を
基礎にして成立する贈与交換の世界とは、ま
さにそれが何らかの意味で閉じていることを
必要とするのです。たとえば、科学的な情報
や知識が、贈与的な原理によってインターネ
ット上をタダで自由に行き来していくと、そ
れが誰でも参加できるインターネット上であ
るが故に、それを欲しがる人間を増やしてし
まい、そのなかにはもちろん信用のない人間
も当然含まれますから、自らの基盤である信
用に基づくコミュニティを破壊してしまうこ
とになる。インターネットがこれだけ拡大し
てしまうと、今度は、贈与的な世界を維持し
ようとする人びとは、インターネットから離
れた小さなネットワークを作ったり、あるい
はもっと皮肉なことに、自分たちのかたきで
ある暗号システムを使ってインターネット上
に閉じたコミュニティを作ることになるかも
しれない。
(岩井克人(インタヴュー 上野俊哉)『イ
ンターネット資本主義と貨幣』より抜粋、調
整)