長文集  8月2週  ★荒木博之のあげた(感)  nnzi-08-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】荒木博之のあげたつぎのようなケー
スは、その典型例であろう。
 ――日本の小学校などでよく見かける光景
であるが、先生が生徒に向かって「みなさん
わかりましたか」とたずねると、生徒は全員
声を揃えて「ハーイ」と答える。【2】この
場合、先生の方はかならず全員一致して「ハ
ーイ」と答えることを期待しているし、生徒
の方もたとえほんとうにわかっていなくても
、全員声を揃えて同調することが先生の期待
に答える所以であることを知っているのであ
る。【3】こういった全員一致的雰囲気のな
かでただひとり「わかりません」ということ
がきわめて勇気がいる行為であることは、日
本人であればだれしも体験的に知っているこ
とであるだろう。――
 【4】対照的にアメリカの小学校の子ども
が、「先生が口を酸っぱくしてくり返しくり
返し説明しても、わからなければ金輪際『イ
エス』とはいわない態度に驚きかつ感銘を受
けたことがあった」、と荒木は報告している

 【5】日本人に顕著な集団への同調行動は
、何も小学生に限ったことではない。きだ・
みのるも、小さな村落(部落)での参加観察
に基づいて、同様の事実を見出している。あ
る村人は、彼に向かってこう述べている。
 【6】――そらあ、多数決の方が進歩的か
も知れねえが部落会議にゃ向かねえや。……
部落会議じゃあ、村議会でもそうだが十中七
人賛成なら残りの三人は部落のつき合いのた
め自分の主張をあきらめて賛成するのが昔か
らの仕来りよ。【7】どうしても少数派が折
れねえときにゃあ、決は採らずに少数派の説
得をつづけ、説得に成功してから決を採るの
で、満場一致になっちもうのよ。――
 要するに、「部落の決議は全会一致で、多
数決は恨みを残し部落の運営の円滑を妨げる
原因になるので採用されていない。【8】部
落で一番嫌われる悪は部落を割ることだ。し
たがって十中七人も賛成することにはつき合
いのため賛成することになる」というのであ
る。【9】こうした「つき合いのための賛成
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」という態度は、近代主義者の目からすれば
、当人の自主性を損ねていることになる。ど
うして集団のためにそうまでしなければなら
ないのだろうか、と批判的なまなざしを向け
る。∵
 【0】しかし、当の村人にしてみれば、「
部落は人数が少なく朝に晩に顔を会わしてい
るので鬼っ子を作っては部落の運営がうまく
行かなくなる」という現実的な判断が働いて
いるのである。何とか全会一致で決めたいし
、かりに自分自身としては反対でも集団の「
和」のためには賛成の方に回ったほうがよい
、という思惑がある。結果的にそれは、自律
性の喪失、地域社会への屈服であるかも知れ
ない。しかしながら、ここで留意すべきこと
は、皆が、どうすれば「部落の運営がうまく
行くか」ということを配慮したうえで「賛 
成」している、という事実である。その場合
の賛同は、単純に集団に同調する行動ではな
いしまた地域社会による「少数派の圧殺」で
もない。(中略)
 このように考えてみると、日本人の集団主
義的な傾向についてはその内容を再検討する
ことが不可避となる。日本人に特異だとされ
る集団主義が、はたして個人の集団・組織へ
の投入や隷属を意味するものなのかどうか、
よく吟味することが必要であろう。結論を先
取りして言えば、日本人の集団主義は、成員
の組織への全面的な帰服を指しているのでは
なく、他の成員との協調や、集団への自発的
なかかわり合いが、結局は自分自身の福利を
もたらすことを知ったうえで、組織的活動に
コミットする傾向をいうのである。普通「集
団主義」という語は、「個人主義」の否定的
対立項として用いられる。だが日本人の場合
、その「集団主義」は、アンチ「個人主義」
を意味しないのだから、タームとしては実は
不適当なのであり、また既存の語感にたよっ
たまま日本人を集団主義者だと結論づけるこ
とは、完全に現実を見誤ることにもなろう。
この点に関しては,「集団主義」という用語
そのもののセマンティックスをもっと深く分
析する必要がある。

(濱口恵俊()・公文俊平()編「日本的集
団主義」より。濱口恵俊執筆())