長文集  9月4週  ○阻害語の代表的なものが  nnzi2-09-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/06/15 17:45:26
 【1】阻害語の代表的なものが、「ムカツ
ク」と「うざい」という二つの言葉です。
 この言葉は、このところ若者を中心にあっ
という間に定着してしまった感のある言葉で
す。【2】「ムカツク」とか「うざい」とい
うのはどういう言葉かというと、自分の中に
少しでも不快感が生じたときに、そうした感
情をすぐに言語化できる、非常に便利な言語
的ツールなのです。
 【3】つまり、自分にとって少しでも異質
だと感じたり、これは苦い感じだなと思った
ときに、すぐさま「おれは不快だ」と表現し
て、異質なものと折り合おうとする意欲を即
座に遮断してしまう言葉です。しかもそれは
他者に対しての攻撃の言葉としても使えま 
す。【4】「おれはこいつが気に入らない、
嫌いだ」ということを根拠もなく感情のまま
に言えるということです。ふつうは、「嫌い
だ」と言うときには、「こういう理由で」と
いう根拠を添えなければなりませんが、「う
ざい」の一言で済んでしまうわけです。【5
】自分にとって異質なものに対して端的な拒
否をすぐ表現できる、安易で便利な言語的ツ
ールなわけですね。
 だから人とのつながりを少しずつ丁寧に築
こうと思ったとき、これらの言葉はなおさら
非常に問題を孕んだ言葉になるのです。
 【6】どんなに身近にいても、他者との関
係というものはいつも百パーセントうまくい
くものではありません。関係を構築していく
中で、常にいろいろな阻害要因が発生します
。他者は自分とは異質なものなのですから、
当然です。【7】じっくり話せば理解し合え
たとしても、すぐには気持ちが伝わらないと
いうこともあります。そうした他者との関係
の中にある異質性を、ちょっと我慢して自分
の中になじませる努力を最初から放棄してい
るわけです。
 【8】つまり「うざい」とか「ムカツク」
と口に出したとたん に、これまで私が幸福
を築くうえで大切だよと述べてきた、異質性
を受け入れた形での親密性、親しさの形成、
親しさを作り上げていくという可能性は、ほ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
とんど根こそぎゼロになってしまうのです。
【9】これではコミュニケーション能力が高
まっていくはずがありません。
 もっとも、流行語になるずっと以前から、
「むかつく」とか、「うざったい」という言
葉はありました。でもあまり日常語として頻
繁に現れるということはありませんでした。
【0】なぜかといえ ば、∵現在の状況のよ
うに、すぐに「ムカツク」とか「うぜー」と
表現することを許すような、場の雰囲気とい
うものがなかったのです。でも今はあります

「ムカツク」「うざい」が頻繁に使われる以
前はどうしていたのでしょうか。私たちの世
代でも今の若い人たちと同じように、ムカつ
いたり、うざいという感情を持つことはあっ
たはずです。でもそれを社会的に表現するに
は、それだけの理由、相手に対するそういう
拒絶を表現してもいいのだという根拠を与え
る理由がないと言えないという雰囲気があっ
たわけです。
 それが今は、主観的な心情を簡単に発露で
きてしまうほど、社会のルール性がゆるくな
ってしまったのだと思います。昔は、そんな
言葉はきちんとした正当性がない限り、言っ
てはいけないという暗黙の了解がありました
。だから、いくらムカついてもグッと言葉を
飲み込んでおくことによって、ある種の耐性
がうまく作られていったと思うのです。
 さて、ここで私の娘の話に戻るのですが、
こうした言葉を言わなくなってから人に対す
る彼女の態度がハッキリ変わりました。自分
が気に入らない状況やまるごと肯定してはく
れない他者に対してある程度耐性が出来上が
ったようなのです。それは単に年齢が上にな
ったからとか、少し大人になったからといっ
た自然成長的な変化ではありません。彼女の
内面で確実に何かが変ったのだと思います。
 友だちとのコミュニケーションを深くじっ
くり味わうためにも、自分の内面の耐性を鍛
えるためにも「ムカツク」「うざい」という
言葉はやはり使わないほうがいいでしょう。

(菅野仁『友だち幻想 人と人の「つながり
」を考える』)