長文集  10月3週  ★あなたがたはとくと(感)  nu-10-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/11 09:30:46
 【1】あなたがたはとくと考えたことがあ
るでしょうか、今も日本がすばらしい手仕事
の国であることを。西洋では機械の働きがあ
まりにさかんで、手仕事の方はおとろえてし
まいました。しかし、それにあまりかたより
すぎてはいろいろの害が現れます。【2】だ
から、各国とも手の技をもり返そうと努めて
います。なぜ機械仕事とともに手仕事が必要
なのでしょうか。機械によらなければできな
い品物があるとともに、機械では生まれない
ものがかずかずあるわけです。【3】すべて
を機械に任せてしまうと、第一に国民的な特
色あるものがとぼしくなってきます。機械は
世界のものを共通にしてしまうかたむきがあ
ります。それは、残念なことに、機械はとか
く利得のために用いられるので、できる品物
がそまつになりがちです。【4】それに人間
が機械に使われてしまうためか、働く人から
とかくよろこびをうばってしまいます。こう
いうことがわざわいして、機械製品にはよい
ものが少なくなってきました。これらの欠点
を補うためには、どうしても手仕事が守られ
ねばなりません。【5】そのすぐれた点は多
くの場合民俗的な特色がこく現れてくること
と、品物がてがたく親切に作られることです
。そこには自由と責任とが保たれます。その
ため仕事によろこびがともなったり、また新
しいものをつくる力が現れたりします。【6
】だから手仕事をもっとも人間的な仕事と見
てよいでしょう。ここにそのもっとも大きな
特性があると思われます。
 かりにこういう人間的な働きがなくなった
ら、この世に美しいものは、どんなに少なく
なってくるでしょう。【7】各国で機械の発
達をはかるとともに手仕事を大切にするのは
当然な理由があるといわねばなりません。西
洋では「手で作ったもの」というとただちに
「よい品」を意味するようにさえなってきま
した。人間の手には信らいすべき性質が宿り
ます。
 【8】欧米の事情にくらべますと、日本は
はるかにまだ手仕事に恵まれた国なのに気づ
きます。各地方にはそれぞれ特色のある品物
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が今も手で作られつつあります。たとえば手
漉きの紙や、手轆轤の焼き物などが、日本ほ
ど今もさかんに作り続けられている国は、ほ
かにはまれではないかと思われます。
 【9】しかし、残念なことに日本では、か
えってそういう手の技が大切なものだという
反省がゆき渡っていません。それどころか手
仕事∵などは時代にとり残されたものだとい
う考えが強まってきました。そのため多くは
投げやりにしてあります。【0】このままで
すと手仕事はだんだんおとろえて機械生産の
みさかんになるときがくるでしょう。しかし
、私どもは西洋でなした過失をくり返したく
ありません。日本の固有な美しさを守るため
に手仕事の歴史をさらに育てるべきだと思い
ます。
 さて、興味深いことには、ほうぼうでめぐ
り合った手仕事による品物は、それがどんな
に美しい場合でも、一つとして作った人の名
をしるしたものはありません。時として何地
方名産とか、何何堂製などとはり紙のついて
いる場合もありますが、個人の名はどこにも
しるしてありません。ところが近世の「美術
品」と呼ばれているものを見ますと、どこに
もみな銘が書き入れてあります。または落款
がおしてあります。銘というのは作り手の名
であり、落款というのはその名をしるした印
形(いんぎょう)です。たとえばどんなつま
らない作品にも何某(なにがし)の作という
ことがしるしてあります。
 ここにおもしろい対比が見られます。一方
では名などしるす気持ちがなく、一方は名を
書くのを忘れたことがありません。なぜこん
な相違が起こるのでしょうか。要するに一方
は職人が作るものであり、一方は美術家が生
むものだからであるといわれます。前者は多
くの人たちの作りうるものであり、後者はあ
る個人だけが作りうる作品だからです。しか
しこのことは、とかく前者をいやしみ、後者
をのみ尊ぶ風習を生みました。なぜなら職人
の作ったものは平凡であり、美術家の作るも
のは非凡であると思われるからです。どんな
品物も銘がない場合に、その市価が落ちるの
はつねに見られる現象です。ですがこういう
見方ははたして当をえたものでしょうか。(
中略)
 じつに多くの職人たちはその名をとどめず
にこの世を去っていきます。しかし、かれら
が親切にこしらえた品物のなかに、かれらが
この世に生きていた意味が宿ります。かれら
は品物で勝負しているのです。物で残ろうと
するので、名で残ろうとするのではありませ
ん。