長文集  11月1週  音のする重いカメラ  nu-11-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/04 14:58:14
 【1】バッシャン。シャッターを押すと、
そんな音がするカメラがあるなんて信じられ
るだろうか?
 今や、カメラといえばみなデジカメである
。シャッター音といえば、「ピピピ」、「ピ
ロリロ」、「シャラーン」などという、電子
的でオシャレなものを思い出すだろう。
 【2】中には気を利かせて、「カシャッ」
という機械音を再現してくれるものもあるが
、それでもてのひらに、シャッターが動いた
振動まで伝わってくることはない。
 一つ一つの部品を、すべて人の手で組み上
げたカメラ。【3】鉄製の機械じかけのカメ
ラ。そういう古いカメラは、シャッターを切
るときに、確かな音と手ごたえがあるのだ。
 私がそのカメラを手にしたきっかけは、あ
る日の先生の一言だった。
【4】「今度の校外学習では、みんなで写真
を撮りにいきます。ただし、デジカメや携帯
ではいけません」
 私たちは、はじめ、何を言われたのかよく
分からなかった。みんながぽかんとしている
と、先生はこう続けた。
【5】「フィルム式の古いカメラが、必ず家
にあるはずです。ご両親に聞いてみてくださ
い。分からなかったら、おじいさんやおばあ
さんに確認してもらってください」
 そんなものあるわけない、と思った。家族
旅行に行くときも、いつも写真はデジカメで
撮っている。【6】そんな骨董品のようなも
の、私は見たことがなかった。
 しかし意外なことに、そんな「見たことも
ない古いカメラ」は、私の家にあったのだ。
 話をしたら、父はあっさりとそれを出して
きてくれた。おじいちゃんの家からもらって
きたものだという。【7】先生の言葉は的中
していたわけだ。∵
 私はそのカメラを首から下げて、撮影の練
習をしてみた。これが本当にカメラかと思う
ほど、ズシリと重い。しかもそれを構えたま
ま、いろいろな操作を手動でしなければなら
ないらしい。【8】完全オートが常識の私に
とって、何もかも信じられないことだった。
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 そして校外学習の当日、私はさらに驚かさ
れた。私の家が特別なのかと思いきや、クラ
スのほとんど全員が、同じような古めかし 
い、重そうなカメラを持ってきていたのであ
る。【9】ずらりと並んだカメラを見て、先
生は満足そうに笑っていた。
 しかし、そんな先生が突然、ある友達の机
を見て大声を上げた。
「それをそんなふうに置いちゃだめ!」
 なんと、その友達が持ってきたカメラは、
一台十万円もする、たいへん歴史ある高級な
カメラだったのだ。
 【0】それを聞いた私たちは度肝を抜かれ
て、では自分のカメラはどのくらいの価値な
のかと、先生を質問ぜめにすることになっ 
た。
 私のカメラは、とくべつ高級品ではなかっ
たようだ。だが、このとき私はすでに、この
カメラのことがかなり気に入っていた。なぜ
なら、このカメラを使えば、なんだかいつも
より自分らしい写真が撮れるような気がして
いたからだ。
 「バッシャン」という音を聞くのが、私は
楽しみになっていた。同時に、このカメラを
家族が大事に残していた理由が、少し分かっ
た気がした。
 校外学習は、街の歴史探検だった。重いカ
メラをそれぞれに首から下げて、私たちは、
胸を張って校外学習に出発した。

(言葉の森長文作成委員会 ι)