1. 【1】バッシャン。シャッターを
押すと、そんな音がするカメラがあるなんて信じられるだろうか?
2. 今や、カメラといえばみなデジカメである。シャッター音といえば、「ピピピ」、「ピロリロ」、「シャラーン」などという、電子的でオシャレなものを思い出すだろう。
3. 【2】中には気を利かせて、「カシャッ」という機械音を
再現してくれるものもあるが、それでもてのひらに、シャッターが動いた
振動まで伝わってくることはない。
4. 一つ一つの部品を、すべて人の手で組み上げたカメラ。【3】
鉄製の機械じかけのカメラ。そういう古いカメラは、シャッターを切るときに、
確かな音と手ごたえがあるのだ。
5.
私がそのカメラを手にしたきっかけは、ある日の先生の一言だった。
6.【4】「今度の校外学習では、みんなで写真を
撮りにいきます。ただし、デジカメや
携帯ではいけません」
7.
私たちは、はじめ、何を言われたのかよく分からなかった。みんながぽかんとしていると、先生はこう続けた。
8.【5】「フィルム式の古いカメラが、必ず家にあるはずです。ご両親に聞いてみてください。分からなかったら、おじいさんやおばあさんに
確認してもらってください」
9. そんなものあるわけない、と思った。家族旅行に行くときも、いつも写真はデジカメで
撮っている。【6】そんな
骨董品のようなもの、
私は見たことがなかった。
10. しかし意外なことに、そんな「見たこともない古いカメラ」は、
私の家にあったのだ。
11. 話をしたら、父はあっさりとそれを出してきてくれた。おじいちゃんの家からもらってきたものだという。【7】先生の言葉は的中していたわけだ。∵
12.
私はそのカメラを首から下げて、
撮影の練習をしてみた。これが本当にカメラかと思うほど、ズシリと重い。しかもそれを
構えたまま、いろいろな
操作を手動でしなければならないらしい。【8】完全オートが
常識の
私にとって、何もかも信じられないことだった。
13. そして校外学習の当日、
私はさらに
驚かされた。
私の家が特別なのかと思いきや、クラスのほとんど全員が、同じような古めかしい、重そうなカメラを持ってきていたのである。【9】ずらりと
並んだカメラを見て、先生は満足そうに笑っていた。
14. しかし、そんな先生が
突然、ある友達の
机を見て大声を上げた。
15.「それをそんなふうに置いちゃだめ!」
16. なんと、その友達が持ってきたカメラは、一台十万円もする、たいへん歴史ある高級なカメラだったのだ。
17. 【0】それを聞いた
私たちは
度肝を
抜かれて、では自分のカメラはどのくらいの
価値なのかと、先生を
質問ぜめにすることになった。
18.
私のカメラは、とくべつ高級品ではなかったようだ。だが、このとき
私はすでに、このカメラのことがかなり気に入っていた。なぜなら、このカメラを使えば、なんだかいつもより自分らしい写真が
撮れるような気がしていたからだ。
19. 「バッシャン」という音を聞くのが、
私は楽しみになっていた。同時に、このカメラを家族が大事に残していた理由が、少し分かった気がした。
20. 校外学習は、街の歴史
探検だった。重いカメラをそれぞれに首から下げて、
私たちは、
胸を
張って校外学習に出発した。
21.(言葉の森長文作成委員会 ι)