長文集  11月2週  ★これまでの人の観察や(感)  nu-11-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/11 09:37:04
 【1】これまでの人の観察や考えを利用す
るという必要から、読書はまず必要である。
現在の学問にとっても必要である。いな、学
問がだんだん進歩して、人間のありさまにつ
いても、自然のありさまについても、観察や
思想が積み重なれば重なるほど、たくさんの
本を読むことが必要になってくる。【2】昆
虫の生活を知るには、昆虫そのものを見るこ
とがまずたいせつである。しかし、ファーブ
ルの昆虫記を読むことによって昆虫の生活は
よりよくわかる。またわれわれは、すぐれた
絵画や音楽や文学に接したとききっと深い感
動を受ける。【3】しかし、これまでの人が
、それらの絵や音楽や文学について書いた批
評や解説を読めば、われわれの感動はより深
まる。
 本を読むことには、もっと別の利益がある
。それは、いくらわれわれが苦労しても、自
分自身では経験することのできない経験、そ
れを教えられることである。
 【4】たとえば、ロビンソン・クルーソー
のように、ただひとり離れ小島にただよい着
いて、不便なひとりぼっちの生活を送るとい
うことは、おたがいの一生のうちに、まずあ
りそうにもないことである。【5】しかし、
ロビンソン・クルーソー漂流記という書物を
読めば、人間はそうした場合、どういう気持
ちになり、どういう行動をするかということ
がわかる。【6】また、孫悟空のように、雲
に乗って空を飛びまわったり、耳の毛を何本
かぬいて、ふっとふけば、それがみな自分と
同じさるの形になって、そのへんを走りまわ
るというようなことは、空想の世界だけにあ
って現実の世界にはないことがらである。【
7】しかし、西遊記という書物を読めば、そ
うした場合に、人間はどんな気持ちになるだ
ろうと、想像することができる。
 小説ばかりではない。歴史の本も同じよう
に役にたつ。われわれは、ジョージ・ワシン
トンのような地位に立つことは、まずあるま
い。【8】また、ナポレオンのような地位に
立つことは、いっそうあるまい。しかし、ワ
シントンの伝記を読めば、誠実に世の中のた
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めにつくそうとした人の喜びと苦しみがわか
るし、ナポレオンの伝記を読めば、うぬぼれ
の過ぎた人間の得意さと悩みがよくわかる。
 【9】なるほど、われわれはロビンソン・
クルーソーそのままの境涯になることはまず
あるまい。つまり、離れ小島でひとりぼっち
の生活を送ることは、まずあるまい。しかし
、そうしたときの人間の気持ちを知っておく
ことは必要である。【0】∵クルーソーは、
不便きわまる境涯の中で、その不便にうち勝
つために奮闘した。考えてみれば、われわれ
の住んでいる地球もたくさんの不便をもって
いる。これも大きな宇宙の中の一つの離れ小
島であるかもしれな い。クルーソーの離れ
島は人間が少なすぎて困り、われわれの地球
は人間が多すぎて困っている。困っている点
では、われわれもクルーソーと同じなのであ
る。困ったあげく、ときどきは、あの雲に乗
って飛びまわれたらと、ふと考えることがな
いでもない。その点では、われわれも孫悟空
と同じである。しかし、それはむなしい空想
だとさとると、やはりワシントンのように、
じみちに誠実に生きようと思うし、ときには
また、ふと、ナポレオンのように、からいば
りをしたくなったりもする。つまり、ワシン
トンはわれわれの中にいるのであり、ナポレ
オンもわれわれの中にいるのである。ひとの
ことを読んでいるのではない。われわれのこ
とを読んでいるのである。
 書物を読むことにはこのような利益がある
。ところでわたしが、これから書物を読もう
という若い人たちに勧めたいことが一つあ 
る。それはこういうことである。気に入った
書物にでくわしたときには、一度読んだだけ
でよしにせずに、二度三度とくり返して読ん
でほしい。二度三度とくり返して読みたくな
る書物、それはきっとそれだけのよさをもっ
た書物である。
 孔子は、書物を読むことの利益を、初めて
説き示した東洋人であるといってよい。とこ
ろで、孔子は易を読んで、韋編三絶したとい
うことが、その伝記に見えている。韋編とい
うのは、皮のひもという意味であって、当時
の書物は、竹の札を一枚ずつ横に並べ、札と
札とを皮のひもでくくりあわせてあったが、
そのひもが三度も絶ち切れるほど、易の書物
を、孔子はくり返しくり返し読んだというの
である。
 われわれも、何かそれぞれに好きな書物を
、とじ糸が三度も切れるほど愛読したいもの
である。どの書物がそれであるかは、人々に
よってちがうであろう。しかし、何かそうし
た愛読書を、一生のうちにはみつけたいもの
である。