長文集  12月4週  ○いちばん運動会らしいのは、  nu-12-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/04 15:12:57
 いちばん運動会らしいのは、やはり、かけ
っこ。このごろは五十メートル競走、八十メ
ートル競走と呼ばれる。六人が一組になって
走る。一着から三着までが、それぞれの旗の
ところへ並ぶ。こういうのは五十年前にわれ
われもやったのと同じだからなつかしさもひ
としおである。
 来賓席はテントの中にある。かけっこのコ
ースは反対側になるから、スタートからゴー
ルまでが一望の中におさまる。ピストルがな
ると、小さな足が目もとまらぬ速さで前後す
る。目がチクチクす る。どういう応援をし
たらよいのかわからないから、手もちぶさた
にながめているより手がない。
 そのうちに、おもしろいことに気がついて
、急に力を入れて見るようになる。というの
は、スタートとゴールで、順位が大きく変わ
るということだ。
 スタートで出おくれたこどもが、三、四十
メートルのところから頭角をあらわし、六、
七十メートルではトップに立ち、そのままゴ
ールへ入る。そういう組がいくつもいくつも
出てくる。はじめは偶然かと思っていたが、
どうもそうではなさそうである。たいていの
組で大なり小なりそういう傾向がみとめられ
る。スタートからずっとトップで通すという
のは例外である。
 途中で伸びてきた子がよい成績をあげる。
もし、スタート地点から十メートルくらいの
ところで優劣をきめれば、ゴールでトップに
なる子はおそらくおくれた方に入ってしまう
に違いない。早いところで、ゴールの順位を
占うことがいかに危険であるか、これらのか
けっこは、これでもか、これでもかと見せて
いた。こどもたちにはかけっこの教訓を汲み
とることはできまいが、先生たるものは見逃
す手はない。
 傍(かたわら)におられる温厚な校長先生

「かけっこだけではなく、勉強にも、これと
似たことがおこっているのではありませんか
」と言ったら、校長先生も深く肯(うなず)
かれた。
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 こどもはどこで力を出すかわからない。ス
タートの近くで、ああだ、こうだと言ってみ
てもしかたがない。
 小学校のかけっこはせいぜい百メートル競
走である。それでも出∵おくれた子が途中か
らぐんぐん出てくる。ゴールへトップで入っ
た子がいちばん早いのは、百メートルまでの
ことであるのも忘れてはならない。ゴールが
二百メートルにのびれば、あるいは、ちがう
子が出てきてトップに立つかもしらぬ。さら
に四百メートル、千五百メートルならまた別
のこどもが出てくる。
 人生は七十年余り走りつづける超大マラソ
ンである。学校教育はそのはじめのうちの二
十年くらいにしかかかわらない。そこで、こ
の生徒は優秀、とか、劣等だとかきめつけて
しまうのは、百メートル競走なのに、スター
トから三十メートルくらいのところの順位で
ものを言っていることになる。
 その運動会のかけっこを見ていても、本当
のレースは半分くらいを走ったところから始
まるのがわかる。学校の先生は、この点につ
いて、用心の上にも用心をしたい。めいめい
のペースというものがある。百メートルでは
ビリでも五千メートルならトップに立つとい
うことはある。学校ではいっこうにパッとし
なかったのが、世の中へ出て、二十年、三十
年すると、目ざましい快走を見せているとい
う例はいくらでもある。
 目先はいけない。重ねて言うが、教育は長
い目を要する。

(外山滋比古(しげひこ)「空気の教育」)