長文集  4月2週  ★科学文明の発達は(感)  ra-04-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】科学文明の発達は、人間の日常から
手間をどんどん省く。お店の入口に立てばド
アは自動的に開き、階段のそばには必ずエス
カレーターがある。ボタンを押せばテレビが
つき、クーラーが動きだし、音楽が流れはじ
める。【2】電気製品のなかでも、特にAV
機器においては、リモコンのないものは商品
になりえないような世の中である。
 こうした世の中の進化現象は、あげればき
りがない。【3】そして、なぜこうしたこと
が進化と形容されるかというと、これらはす
べて、それまでの人間が必ず経験しなければ
ならなかった数々の手間を、片っ端から省い
ていったからである。しかし、私は、人間は
ある程度の手間を自分でこなしてこそ成長す
るものだと思ってい る。【4】人間が人間
らしく成長し本来あるべき姿にできるだけ近
づくためには、「必要なる手間」が必ずある
と思っている。手間とはそれを経験した人の
個性を伸ばし人間らしさを増幅させるものな
のである。
 【5】オーストラリアのある小学校では、
卒業前に必ずオリエンテーリングがあるとい
う。地図や磁石、懐中電灯、それに食料など
野外活動に必要な道具を一そろい持ち、二人
一組で指定された場所から数日の野宿をしな
がらゴールを目指す。
 【6】途中、険しい地形もあれば、道に迷
うこともある。もちろんヘビなどの危険な動
物とも遭遇する。携帯品のなかには血清もあ
るというから、その危険のほどがうかがえる
。しかし、どんな障害も、すべて二人で切り
抜けていかなければならないのだ。
 【7】このオリエンテーリングの授業は、
子供たちに単にサバイバルの方法を教えると
いうものではない。そうやって野外活動をす
るためには、道を探し、危険を察知し、次に
自分たちがとるべき行動を決めていかなけれ
ばならないわけで、そこには的確な判断力が
求められるし、パートナーとの協調性も必要
になる。【8】そして何より、さまざまなこ
とへの対応を考えて、あらゆる方向ヘアンテ
ナを張りめぐらせておかなければならない。
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まさに、人間の本能的なアンテナの修練であ
る。
 【9】現代では、あらゆるものがそろい、
しかも面倒なことは避ければいいわけで、子
供たちにとっては、あえて本能的なアンテナ
を張りめぐらせる必要がなくなってきている
のではないだろうか。そのため、決定する力
がにぶり、清濁の明確な区別もつけられない
ようになってきているように思う。【0】∵
 便利さや快適さを求める人間の欲求が、文
明を発展させてきたことは事実であろう。し
かし、そのために、有形無形の人間本来の財
産をたくさん犠牲にしてきていることに、そ
ろそろ私たちは気づくべきではないだろうか

 私たちが、手間のかからない生き方をして
いる限り、生きることの喜びを感じることは
できない。人間にとって、生きる喜びはどこ
にあるかと問われても即座に答えることは難
しいだろう。しかしそれは、決して大げさな
ものでも派手なものでもなく、あえて言葉に
するなら、心躍る状態、感動に満ちあふれる
状態をもてる日々ではないかと思う。そんな
喜びを味わわせてくれるものとは何なのか。
それは、「今まで知らなかったことをきょう
知った感激。また、あした新しいことを知る
かもしれないという期待」である。
 私は十六歳から十八歳までの三年間、北大
予科時代の恵迪寮(けいてきりょう)にお世
話になった。この寮が十数年前にその歴史を
閉じることになり、私は元住民ということで
、NHKからレポータを命じられ、もう一度
訪れることができた。かつて私が住んでいた
部屋を訪ねたとき、何よりも懐かしく、また
うれしかったのは、壁から天井にかけてあま
すところなく書かれた落書きが健在だったこ
とである。そして、その落書きのなかにあっ
たのが「ボーイズ・ビー・アンビシャス」で
あった。もちろん、創設者のクラーク氏の言
葉である。これは、多くの人が「少年よ大志
を抱け」の言葉として習っているはずだ。「
野心を抱け」と訳される場合もあるが、いず
れにしろ、最初に私の目に飛び込んできたこ
の言葉は、そのときの印象のままに、決して
陳腐になることなく、いまだに、こぎたない
壁の落書きと一緒に私のなかで生きつづけて
いる。
 生きる喜びとは、感性をとぎすまし、自然
の大きさと人間の魅力を日々発見することに
あると思う。
 そういう生き方をすることが私のアンビシ
ョンである。だから私は、少年たちに、「少
年よ野心を抱け」と書いたとき、野心に「の
ごころ」と仮名をつけることにしている。

(牟田悌三(むたていぞう)著『大事なこと
は、ボランティアで教わった』から)