長文集  1月4週  ○高い動機づけが  re2-01-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/10/22 11:14:24
 【1】高い動機づけが速い時間と関係する
という研究がある。ロバート・クナップらは
、アメリカの七十三人の男子大学生を対象 
に、達成動機の高さと時間の流れる速さの知
覚の関係を調べた。すると、達成動機が高い
ひとほど、時間が速く流れると感じていた。
 【2】また、アメリカの心理学者トーマス
・コトルは、現在を瞬間化してしまう原因は
、現代社会の未来指向的な文化にあるとし 
た。未来指向的な文化とは、達成や社会的上
昇を重視する価値観をいう。【3】未来指向
的な文化のなかでは、現在が未来に影響を与
えるのではなく、未来が現在に影響を与える
ことになってしまうという。つまり、現在は
未来の単なる手段となってしまう。目標の達
成のために主体的に時間を再構成するという
能動的な自我の働き が、現在を瞬間として
しまうとした。【4】このような思わぬ結果
を招いてしまう現象を、コトルは時間と自我
のねじれ現象と呼ん だ。
 未来指向的な現代社会が、日々の生活や年
々の計画のなかに多すぎる課題をもちこんで
しまい、それらをやりきることができないた
めに、「一日が速く過ぎる」「一年がいつの
まにか終わった」と感じてしまうのかもしれ
ない。
 【5】ドイツ人の作家ミヒャエル・エンデ
の作品『モモ』は、「灰色の男と、ぬすまれ
た時間を人間にとりかえしてくれた女の子の
不思議な話」である。灰色の男は、将来のよ
い暮らしのために時間を節約し、時間貯蓄銀
行に時間を預けるよう、おとなたちをそその
かす。【6】こうして、おとなたちは人間と
して大切なものを失っていくという物語であ
る。私たちは、将来の準備や効率に追われ 
て、現在というものを豊かに生きることがで
きなくなっている。
 小林 進氏は、『モモ』には二つの異なっ
た時間が流れているという。
 【7】ひとつは、線的な時間といってよい
ような機械的物理的時間であり、私たちを合
理主義の名前で縛っているもの、能率よく、
無駄を省くことが善であるかのような幻想を
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いだかせる時間であ る。灰色の男が計算す
るように、人生七十年が二十二億七百五十二
万秒という時計的外的直線的な時間で表され
るものである。
 【8】もうひとつは、過去・現在・未来を
超越して人間が普遍的に体験しうるような、
内的・主観的時間である。主人公のモモが、
人々をイメージの世界に導き、時を忘れさせ
、それでいて自己を発見させていくような、
豊かな広がりをもった螺旋的な、円環(えん
かん)する時∵間である。【9】物理的な時
間に追われて灰色の男になりかけている私た
ちが、本当に生きることを考え、自己を再発
見し、自己実現していくうえで、内的時間を
体験すること、失われつつある時間をとりも
どすことが必要だとしている。
 【0】この小林氏の指摘をもとに考えるな
らば、私たちに求められるのは、時間を等質
化してしまう直線的な時間にかえて、時間的
展望という内的時間を体験することなのであ
る。

 (白井利明「「希望」の心理学――時間的
展望をどうもつか」による)