もっと強く 【1】もっと強く願っていいのだ わたしたちは明石の鯛がたべたいと 【2】もっと強く願っていいのだ わたしたちは幾種類ものジャムが いつも食卓にあるようにと 【3】もっと強く願っていいのだ わたしたちは朝日の射すあかるい台所が ほしいと 【4】すりきれた靴はあっさりとすて キュッと鳴る新しい靴の感触を もっとしばしば味いたいと 【5】秋 旅に出たひとがあれば ウィンクで送ってやればいいのだ 【6】なぜだろう 萎縮することが生活なのだと おもいこんでしまった村と町 家々のひさしは上目づかいのまぶた 【7】おーい 小さな時計屋さん 猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ 今年もついに土用の鰻と会わなかったと 【8】おーい 小さな釣道具屋さん あなたは叫んでいいのだ 俺はまだ伊勢の海もみていないと ∵ 【9】女がほしければ奪うのもいいのだ 男がほしければ奪うのもいいのだ ああ わたしたちが もっともっと貪婪にならないかぎり なにごとも始りはしないのだ【0】 (『茨木のり子詩集』より) (注)「味いたい」=「味わいたい」 「始 |
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 |
り」=「始まり」 |