いちど視たもの 一九五五年八月十五日のために―― 【1】いちど視たものを忘れないでいよう パリの女はくされていて 凱旋門をくぐったドイツの兵士に ミモザの花 すみれの花を 雨とふらせたのです…… 【2】小学校の校庭で わたしたちは習ったけれど 快晴の日に視たものは 強かったパリの魂! 【3】いちど視たものを忘れないでいよう 支那はおおよそつまらない 教師は大胆に東洋史をまたいで過ぎた 霞む大地 霞む大河 【4】ばかな民族がうごめいていると 海の異様にうねる日に わたしたちの視たものは 廻り舞台の鮮やかさで あらわれてきた中国の姿! 【5】いちど視たものを忘れないでいよう 日本の女は梅のりりしさ 恥のためには舌をも噛むと 蓋をあければ失せていた古墳の冠 【6】ああ かつてそんなものもあったろう か 戦おわってある時 東北の農夫が英国の捕虜たちに やさしかったことが ふっと 明るみに出たりした∵ 【7】すべては動くものであり すべては深い翳をもち なにひとつ信じてしまってはならない のであり がらくたの中におそるべきカラットの 宝石が埋れ |
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歴史は視るに価するなにものかであった 【8】夏草しげる焼跡にしゃがみ 若かったわたくしは ひとつの眼球をひろった 遠近法の測定たしかな つめたく さわやかな! 【9】たったひとつの獲得品 日とともに悟る この武器はすばらしく高価についた武器 舌なめずりして私は生きよう!【0】 (『茨木のり子詩集』より) (注)「戦」=「戦い」 |