長文 2.2週
1.いちど視たもの
2.一九五五年八月十五日のために――
3.【1】いちど視たものを忘れないでいよう
4.パリの女はくされていて
5.
凱旋門をくぐったドイツの兵士に
6.ミモザの花 すみれの花を
7.雨とふらせたのです……
8.【2】小学校の校庭で
9.わたしたちは習ったけれど
10.快晴の日に視たものは
11.強かったパリの
魂!
12.【3】いちど視たものを忘れないでいよう
13.支
那はおおよそつまらない
14.教師は
大胆に東洋史をまたいで過ぎた
15.
霞む大地
霞む大河
16.【4】ばかな民族がうごめいていると
17.海の異様にうねる日に
18.わたしたちの視たものは
19.
廻り舞台の
鮮やかさで
20.あらわれてきた中国の姿!
21.【5】いちど視たものを忘れないでいよう
22.日本の女は梅のりりしさ
23.
恥のためには舌をも
噛むと
24.
蓋をあければ失せていた
古墳の
冠25.【6】ああ かつてそんなものもあったろうか
26.戦おわってある時
27.東北の農夫が英国の
捕虜たちに
28.やさしかったことが ふっと
29.明るみに出たりした∵
30.【7】すべては動くものであり
31.すべては深い
翳をもち
32.なにひとつ信じてしまってはならない
33.のであり
34.がらくたの中におそるべきカラットの
35.宝石が
埋れ36.歴史は視るに価するなにものかであった
37.【8】夏草しげる
焼跡にしゃがみ
38.若かったわたくしは
39.ひとつの眼球をひろった
40.遠近法の測定たしかな
41.つめたく さわやかな!
42.【9】たったひとつの
獲得品
43.日とともに
悟る44.この武器はすばらしく高価についた武器
45.舌なめずりして私は生きよう!【0】
46.(『
茨木のり子詩集』より)
47.(注)「戦」=「戦い」