悪童たち 【1】春休みの悪童たち 所在なしに わが家の塀に石を投げる 石は 古びた塀をつきぬけ硝子窓に命中する 【2】思うに キャッとばかり飛び出してゆく私の姿を 見ようがための悪戯で 桜の木から偵察兵のちびが するすると逃げてゆくのを目撃した 花泥棒とか実を盗むのならかわいいのだけれ ど 【3】ある日 とうとう一味の三人を掴えた 学校名を言いなさい! 何年生? だれがしたの? あなたたちの家 どこ? あなたたちのお母さんに 言わなければならないことがある! 【4】一味は頑として口を割らず 逃げた首謀者を庇っている かれらにはかれらの掟があり 沈黙は抵抗運動の仲間のように完璧だ 私の叫びを不敵な笑いで眺められると ぎりぎりと拷問しても 泥を吐かせたいさざなみが立ってくる 【5】アルジェリア! 腐臭が薫風にのってくる わが青春の日に讃えたフランスの魂は∵ 十数年で錆を呼んでしまったのか! おまわりさんを呼んでくる という一言をぐっと押え 割られた窓を繕いに 私は顔をあからめてくびすを返す 【6】次の日は戦法をかえる 塀に石の鳴る時刻 私はほんきでやさしい気持を作って出てゆく あなたたち そうしないでね |
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自分の家の塀にそうされたら 困るでしょう 硝子を割られると本当に困るのよ 【7】ガラスはもはやガラスではなく 微妙であやしげな人間の権利そのもの 顫(ふる)えだ 子供たちはウンという 【8】やさしい言葉で人を征服するのは なんてむつかしく しんどい仕事だろう 悪童の顔ぶれは毎日違い 私は毎日出てゆかねばならない 【9】遠視の眼鏡をずりあげながら シャボンの泡だらけになりながら 菜切包丁を持ったりしたままで 塀ひとつむこう 夕暮などは 蚊柱のように群れている子供たちの広場へ【 0】 (『茨木のり子詩集』より) |