長文 2.3週
1.悪童たち
2.【1】春休みの悪童たち
3.所在なしに
4.わが家の
塀に石を投げる
5.石は
6.古びた
塀をつきぬけ
硝子窓に命中する
7.【2】思うに
8.キャッとばかり飛び出してゆく私の姿を
9.見ようがための
悪戯で
10.桜の木から
偵察兵のちびが
11.するすると
逃げてゆくのを
目撃した
12.花
泥棒とか実を
盗むのならかわいいのだけれど
13.【3】ある日
14.とうとう一味の三人を
掴えた
15. 学校名を言いなさい! 何年生?
16. だれがしたの?
17. あなたたちの家 どこ?
18. あなたたちのお母さんに
19. 言わなければならないことがある!
20.【4】一味は
頑として口を割らず
21.
逃げた
首謀者を
庇っている
22.かれらにはかれらの
掟があり
23.
沈黙は
抵抗運動の仲間のように
完璧だ
24.私の
叫びを不敵な笑いで
眺められると
25.ぎりぎりと
拷問しても
26.
泥を
吐かせたいさざなみが立ってくる
27.【5】アルジェリア!
28.
腐臭が
薫風にのってくる
29.わが青春の日に
讃えたフランスの
魂は∵
30.十数年で
錆を呼んでしまったのか!
31. おまわりさんを呼んでくる
32. という一言をぐっと
押え33. 割られた窓を
繕いに
34. 私は顔をあからめてくびすを返す
35.【6】次の日は戦法をかえる
36.
塀に石の鳴る時刻
37.私はほんきでやさしい気持を作って出てゆく
38. あなたたち そうしないでね
39. 自分の家の
塀にそうされたら
40. 困るでしょう
41.
硝子を割られると本当に困るのよ
42.【7】ガラスはもはやガラスではなく
43.
微妙であやしげな人間の権利そのもの
44.
顫えだ
45.子供たちはウンという
46.【8】やさしい言葉で人を
征服するのは
47.なんてむつかしく しんどい仕事だろう
48.悪童の顔ぶれは毎日
違い49.私は毎日出てゆかねばならない
50.【9】遠視の眼鏡をずりあげながら
51.シャボンの
泡だらけになりながら
52.菜切包丁を持ったりしたままで
53.
塀ひとつむこう
54.夕暮などは
55.
蚊柱のように群れている子供たちの広場へ【0】
56.(『
茨木のり子詩集』より)