ぎらりと光るダイヤのような日 【1】短い生涯 とてもとても短い生涯 六十年か七十年の 【2】お百姓はどれほど田植えをするのだろ う コックはパイをどれ位焼くのだろう 教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう 【3】子供たちは地球の住人になるために 文法や算数や魚の生態なんかを しこたまつめこまれる 【4】それから品種の改良や りふじんな権力との闘いや 不正な裁判の攻撃や 泣きたいような雑用や ばかな戦争の後始末をして 【5】研究や精進や結婚などがあって 小さな赤ん坊が生まれたりすると 考えたりもっと違った自分になりたい 欲望などはもはや贅沢品になってしまう 【6】世界に別れを告げる日に ひとは一生をふりかえって じぶんが本当に生きた日が あまりにすくなかったことに驚くだろう 【7】指折り数えるほどしかない その日々の中の一つには 恋人との最初の一瞥の するどい閃光などもまじっているだろう ∵ 【8】「本当に生きた日」は人によって たしかに違う ぎらりと光るダイヤのような日は 【9】銃殺の朝であったり アトリエの夜であったり 果樹園のまひるであったり 未明のスクラムであったりするのだ【0】 |
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(『茨木のり子詩集』より) |