長文集  3月2週  ★(感)友あり 近方よりきたる  re2-03-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
友あり 近方よりきたる

【1】友あり 近方よりきたる
まことに困ったことになった
ワインは雀の涙ほどしかないし
すてきなお菓子もゆうべでおしまい
果物をもぎに走る果樹園もうしろに控えては
いず
【2】多忙にて
この部屋もうっすら埃がたまっている
まあ落ちついて 落ちついて
ひとの顔さえ見れば御馳走の心配をする
なぞは田舎風というものだ
【3】いえ 田舎風などと言ってはいけない
その日暮しの根の浅さを不意に襲われた
これは単なる狼狽である
この時古風な絵のように
私の頭に浮かんできた戸棚の中の桜桃の皿
【4】ああ助った
あれは遠方の友より送られた
つややかな桜の木の実
一つ一つ含みながら
せめて言葉のシャンペンを抜こう
【5】シャンペンとはどんなお酒か知らない

勢のいいことはほぼたしか
明日までにどうしてもしなければならない
仕事なんて そんなに沢山あるもんじゃない
【6】ほとほとと人の家の扉を叩き
訪ねてきてくれたこころの方が大切だ
沸騰するおしゃべりに酔っぱらい
ざくざくと撒き散らそう宝石のように結晶し
た話を
【7】ひとの悪口は悪口らしく
凄惨に ずたずたに やってやれ∵
女ともだちの顫(ふる)える怒りはマッチの
火伝いに貰うことにしよう
【8】このひととき「光る話」を充満させる
ために
飾りをむしれ 飾りをむしれ
わが魂らしきものよ!
近方の友は
痛みと恥を隠さぬことによって
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斬新なルポをさりげなく残してゆく
【9】わたくしもまた
そしらぬ顔で ぺたりと貼りたい 彼女の心

忘れられない話を二つ三つ
今はもうあまりはやらない旅行鞄(かばん)
のラベルのように【0】

(『茨木のり子詩集』より)

(注)「助った」=「助かった」 「勢」=
「勢い」