友あり 近方よりきたる 【1】友あり 近方よりきたる まことに困ったことになった ワインは雀の涙ほどしかないし すてきなお菓子もゆうべでおしまい 果物をもぎに走る果樹園もうしろに控えては いず 【2】多忙にて この部屋もうっすら埃がたまっている まあ落ちついて 落ちついて ひとの顔さえ見れば御馳走の心配をする なぞは田舎風というものだ 【3】いえ 田舎風などと言ってはいけない その日暮しの根の浅さを不意に襲われた これは単なる狼狽である この時古風な絵のように 私の頭に浮かんできた戸棚の中の桜桃の皿 【4】ああ助った あれは遠方の友より送られた つややかな桜の木の実 一つ一つ含みながら せめて言葉のシャンペンを抜こう 【5】シャンペンとはどんなお酒か知らない が 勢のいいことはほぼたしか 明日までにどうしてもしなければならない 仕事なんて そんなに沢山あるもんじゃない 【6】ほとほとと人の家の扉を叩き 訪ねてきてくれたこころの方が大切だ 沸騰するおしゃべりに酔っぱらい ざくざくと撒き散らそう宝石のように結晶し た話を 【7】ひとの悪口は悪口らしく 凄惨に ずたずたに やってやれ∵ 女ともだちの顫(ふる)える怒りはマッチの 火伝いに貰うことにしよう 【8】このひととき「光る話」を充満させる ために 飾りをむしれ 飾りをむしれ わが魂らしきものよ! 近方の友は 痛みと恥を隠さぬことによって |
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斬新なルポをさりげなく残してゆく 【9】わたくしもまた そしらぬ顔で ぺたりと貼りたい 彼女の心 に 忘れられない話を二つ三つ 今はもうあまりはやらない旅行鞄(かばん) のラベルのように【0】 (『茨木のり子詩集』より) (注)「助った」=「助かった」 「勢」= 「勢い」 |