長文 3.2週
1.友あり 近方よりきたる

2.【1】友あり 近方よりきたる
3.まことに困ったことになった
4.ワインはすずめなみだほどしかないし
5.すてきなお菓子 かしもゆうべでおしまい
6.果物をもぎに走る果樹園もうしろに控えひか てはいず
7.【2】多忙たぼうにて
8.この部屋もうっすらほこりがたまっている
9.まあ落ちついて 落ちついて
10.ひとの顔さえ見れば御馳走ごちそうの心配をする
11.なぞは田舎風というものだ
12.【3】いえ 田舎風などと言ってはいけない
13.その日暮しの根の浅さを不意に襲わおそ れた
14.これは単なる狼狽ろうばいである
15.この時古風な絵のように
16.私の頭に浮かんう  できた戸棚とだなの中の桜桃おうとうの皿
17.【4】ああ助った
18.あれは遠方の友より送られた
19.つややかな桜の木の実
20.一つ一つ含みふく ながら
21.せめて言葉のシャンペンを抜こぬ 
22.【5】シャンペンとはどんなお酒か知らないが
23.勢のいいことはほぼたしか
24.明日までにどうしてもしなければならない
25.仕事なんて そんなに沢山たくさんあるもんじゃない
26.【6】ほとほとと人の家のとびら叩きたた 
27.訪ねてきてくれたこころの方が大切だ
28.沸騰ふっとうするおしゃべりに酔っぱらいよ    
29.ざくざくと撒きま 散らそう宝石のように結晶けっしょうした話を
30.【7】ひとの悪口は悪口らしく
31.凄惨せいさんに ずたずたに やってやれ∵
32.女ともだちのふるえる怒りいか はマッチの火伝いに貰うもら ことにしよう
33.【8】このひととき「光る話」を充満じゅうまんさせるために
34.飾りかざ をむしれ 飾りかざ をむしれ
35.わがたましいらしきものよ!
36.近方の友は
37.痛みとはじ隠さかく ぬことによって
38.斬新ざんしんなルポをさりげなく残してゆく
39.【9】わたくしもまた
40.そしらぬ顔で ぺたりと貼りは たい 彼女かのじょの心に
41.忘れられない話を二つ三つ
42.今はもうあまりはやらない旅行かばんのラベルのように【0】

43.(『茨木いばらぎのり子詩集』より)

44.(注)「助った」=「助かった」 「勢」=「勢い」