長文集  9月3週  ★このところ日本では園芸が(感)  ri-09-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】このところ日本では園芸が大はやり
であるが、花木や草花の名称が大変な勢いで
外来語に置き換えられている。旧来の日本の
花の名は美しく風雅なものがほとんどである
のに、たとえば彼岸花の類はリコリス、胡蝶
蘭はファレノリプシスといった具合に、年ご
とに言い換えの数が増えていく。
 【2】もともと気候風土の関係で、日本は
植物の種類の豊富さにかけてはヨーロッパの
どの国よりも恵まれていた。【3】そのう 
え、古くから古代中国の影響で本草学(ほん
そうがく)が発達し、また江戸時代の園芸の
興隆、茶道の普及などのおかげで、日本の草
花の名は英語などに比べると、それこそ比較
にならぬぐらい、味のある巧妙なものが多か
った。
 【4】これに反し、花木や草花が決定的に
少なかった英国では、当然の結果として固有
の植物名が乏しく、したがって新たに植物に
名をつけるときは、学問的なギリシャ語やラ
テン語に頼らざるを得ない。【5】その難し
い英語名を日本人が外来語として取り入れた
結果、一度や二度聞いたのでは覚えることも
できない、紛らわしく言いにくい名前が、花
屋の店頭やテレビ園芸の時間などに、次から
次へと現れてくることになった。
 【6】四季咲きと言えばだれでも分かるの
にセンペルフロレンスとなると、ラテン語の
知識のある人なら問題がないが、一般の人、
殊に園芸愛好家の高齢の人には、何やら呪文
めいて正しく発音することも難しい。【7】
風車と言えば花の形をうまくとらえた巧妙な
名と感心できるし覚えやすくもあるのに、ク
レマチスでは何の見当もつかない。彼岸花な
らば、花の咲く季節との関係でだれにでも分
かりやすいのに、それをどうして呼び換える
必要があるのだろう か。
 【8】このような現象の背後に、絶えず新
しさを求め続ける日本人の積極性を認める人
がいるかもしれない。私もその精神は評価す
べきだと思うが、それにしても、このような
意味不明のなぞめいた外来語で、ほとんど芸
術的とさえ言える美しく巧みに工夫された従
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来の和名を置き換えて、いったいだれが得を
すると言うのだろう か。∵【9】新奇さを
求める心が一概に悪いとは言えないが、この
園芸の分野に見られるような、行き過ぎた外
来語の流行はやめてほしいと思う。「バラの
花はどんな名で呼ぼうと変わりなくにお  
う。」というシェイクスピアのロミオの言葉
を、日本人は改めて思い起こす必要がある。
【0】

(鈴木孝夫「教養としての言語学」による)