長文集  10月3週  ★物ごころのついた(感)  ru-10-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】物ごころのついた子どもを動物園に
連れてゆくと、たいていの子供ははじめて見
る動物の姿に素朴な驚きと興味を示す。子供
たちの目にまず映るのは、ゾウやキリンやラ
イオンなど珍しい動物の形や色や大きさであ
ろう。【2】それらの動物の生息地の環境や
生態、あるいは進化などに興味を持つのは、
おそらく中学生以上になってからの話である

 科学の発展段階は、まさにそれと同じみち
すじをたどる。
 【3】ある物事に興味を持ち、それを研究
しようとするとき、まず誰しもが着目するの
はその形態や振る舞い、すなわち現象論的側
面である。星に名前をつけて星座としてまと
めたり、岩石を結晶の形や色で仕分けをした
り、動物を哺乳類や魚類や鳥類ごとに分類し
たりすることがそれに当たる。【4】次いで
、もう少し詳しくそれぞれの存在する条件(
たとえば場所とか温度とか)でその特徴を記
述することを試みる。うまくいけば、その段
階において、原理的なことを考えなくともあ
る種の規則性が経験的に見つかる場合もあ 
る。【5】科学の歴史上、そのような「経験
法則」の例は枚挙にいとまがない。惑星の位
置を丹念に追って得られた「ケプラーの法 
則」などは、その最たるもののひとつと言え
よう。
 【6】しかしながら、もしそれぞれの科学
が、そのような範囲の中にのみとどまってい
るのならば、しょせんは記載的な博物学にす
ぎなくなってしまう。趣味としての博物学な
らばそれもよかろう。【7】博識であること
自体は決して悪いことではない。だが、より
深く自然を理解しようとする意欲を持ってい
る人々にすれば、博物学だけではいかにも物
足りないことであろう。【8】よく言われる
ことであるが、天文学や気象学の入門書が、
ややもすれば星の名前や雲の形の記述に終始
しているため、中学校の地学クラブのレベル
を卒業した意欲的な学生の目から見て不満足
なものに映るのは、たしかに反省すべきこと
と思われる。
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 【9】したがって、次に必要なことは、あ
る事物や現象の形態や振る舞いの奥にひそむ
原理を追求することであろう。たとえば、台
風について考える。【0】記述的な筆法でい
けば、台風とは熱帯の海上に発生する低気圧
で、円形をしており、中心には眼があって、
半径は数百キロ、中心付近の最大風速は云々
……ということになろう∵が、もっと物理の
目で台風を見るなら、次々と説明さるべき問
題点が浮かび上がってくる。「台風はなぜ陸
上で発生しないのか」「どうして高気圧性の
台風はないのか」「台風のエネルギー源は何
か」これらはみな、台風なら台風の、発生・
発達する条件や過程つまり「成因」を問うて
いることにほかならない。さらに一歩進める
なら、「台風に伴って大量に降る雨のもとと
なる水蒸気はいったいどこから運ばれてきた
のか」とか「台風が熱帯で発生して北上し、
中緯度で消滅するまでの間に、南と北の空気
はどれだけ入れ換わるだろうか」といった疑
問もわいてくる。これは、台風のもたらす「
作用」を論ずることに相当している。考えて
みれば、ハドレーの大循環論は、まず熱帯貿
易風や中緯度偏西風といった経験的事実(現
象論)から出発し、太陽の熱放射と重力によ
る大規模対流の生成という運動の成因を論じ
、さらにそのことが、地球全体の熱のバラン
スを満たしているという作用論にまで及んで
いたのである。ここにこそハドレーの偉大さ
があったわけである。
 
 (廣田勇「地球をめぐる風」より)