長文集  10月1週  ○コミュニケーションとは(感)  ru2-10-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/09/10 19:40:29
 【1】コミュニケーションとは、「言葉抜
きの理解」ではない。あくまで「言葉を経た
理解」である。改めてこういわれると、「当
たり前のことじゃないか」という気になるか
もしれない。【2】しかし実際には、このあ
たりを誤解し、「フィーリングで自分のこと
を一瞬にしてわかってもらうことこそがコミ
ュニケーション」と思っている人が少なくな
い。また、たとえ言葉を介しての理解を試み
たとしても、それが少しでもすれ違いを起こ
すと、「あ、嫌われ た」とその時点でコミ
ュニケーションをあきらめる人も多い。
 【3】では、なぜ彼らは「コミュニケーシ
ョンは言葉抜きの直観的な理解」と思ってし
まうのだろう。その理由の一つに、最近の社
会を覆う「感情優位」の思考パターンがある
。これは世代にかぎらないものだが、物事を
決めるとき、客観的・冷静な判断ができず、
「かわいい」「かわいそう」「なんとなく好
き」といった理由で決定する傾向があるのだ
。【4】さらにこれは、日本だけの問題でも
なく、国際的な世論調査でも、「分析や理屈
」より「感情」が人びとの意識を決定してい
ると指摘されている。このように、社会が「
感情優位」で動くようになっている昨今だが
、人びとがもっとも気にしているのは、じつ
は「私はこれが好きか、嫌いか」ではなく、
「周りの人たちはこれが好きか、嫌いか」な
のである。
 【5】こう考えると、「感情優位の社会」
とはいえ、そこで優先されている「感情」は
、自分自身のものですらなく、周りの人や世
間の人のそれであることがわかってくる。「
みんなはどう感じているのか?」「世間の風
向きは変わっていないか?」ということに戦
々恐々としながら、私たちは日々の生活を送
っているのである。
 【6】この「腹の探り合い」が、従来、考
えられていたコミュニケーションからほど遠
いものであることは、いうまでもない。しか
し、この「感情の探り合い」においては、は
っきり口にされたり、文字に書き表されたり
する言葉より、相手の表情、文書の文体、あ
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るいは絵文字などの記号の多少などがより重
要な手がかりとなる。
 【7】相手が「私もそう思います」と口に
しながらも、あまりうれしそうでない表情を
したら、「あ、この人は気に入らないな」 
と、表情のほうをメッセージとして重要視す
る。
 【8】「それはいいですね」とメールに書
かれていても、そのあとに∵「!」マークが
なければ、「ああ、それほど喜んでいないん
だ」と否定的に受け取る。コミュニケーショ
ンで何より重要であったはずの「言葉」が、
信頼性を失いつつあるのだ。
 【9】そうはいっても、「言葉」を信頼せ
ずに、相手が発する非言語的なサインや記号
に過剰に注意を払い、「この人はいまどう感
じているのだろう?」と当てようとするゲー
ムがコミュニケーションのあるべき姿だとは
、とても思えない。【0】たとえ、行()き
違って対立があったとしても、あくまで感情
ではなく「言葉」によって意思や思考を伝え
、ギリギリまで理屈で理解しようとする、そ
んなコミュニケーションの基本をもう一度、
思い出してみるべき だ。
 その際、必要なのは、「私はこう感じる」
、さらには「私はこう考える」という自分の
意思や意見をはっきりさせることであるの 
は、いうまでもない。そして「言葉」「自分
」「未来や社会」を、ガッチリとでなくてい
いから、それとなく信頼してみる。コミュニ
ケーションはそこから始まるのではないだろ
うか。

 (香山()リカ『貧乏クジ世代』より)