長文集  11月3週  ★まねる力は(感)  ru2-11-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】まねる力は、生きる力の基本だ。狼
少女として有名なアマラとカマラが、狼の中
で生きながらえたのは、狼の生活様式をまね
る力があったお陰である。アマラとカマラは
発見された当時、狼のように四つんばいでう
なり声をあげていた。【2】物の食べ方も人
間というよりは狼のようであったという。こ
うした狼少女の様子には人間らしさが全く感
じられないと指摘する人もいるだろうが、私
は人間と狼という種の違いを乗り越えて、相
手の生活様式をまねして身につけることがで
きた学習能力に、むしろ人間の能力の器の大
きさを感じる。【3】さまざまな異文化社会
で生き抜く力が最近よく強調されているが、
狼の社会でさえも、時に人間は生きぬくこと
ができるのである。そして、その生きる力を
支えているのが、まねる力である。
 【4】この場合のまねる力は、明晰な反省
的思考によって捉えなおされたものではもち
ろんない。むしろ、身体と身体のあいだの想
像力、すなわち間身体的想像力とでもいうべ
き力であろう。【5】アニメの『クレヨンし
んちゃん』を見た子どもがしんちゃんの独特
な口調をまねてしまうので、番組を見せない
ようにした親もいたようだ。大人でも、広島
弁が飛びかう映画『仁義なき戦い』を見終わ
ったときには、すっかり「わしは……じゃけ
ん」といったしゃべり方が移ってしまってい
る。【6】そうした無意識のうちに身体から
身体へと移ってしまうという現象は、人間の
適応力の基本となるものだ。
 コンドンという研究者によれば、私たちは
会話の最中に、相手の発話に応じて微妙に身
体を動かしているという。【7】とりわけコ
ンドンが注目したのは、相手が発話するほん
の百分の数秒前に、聞く側の人間の身体がか
すかに動いて先に反応しているという現象で
あった。これは、人間のレスポンス(応対・
対応)能力の高さを示す現象だ。【8】レス
ポンスは、相手からの働きかけが終わったと
ころから始まるというよりは、それと同時に
、あるいはその直前から始まっているのであ
る。こうしたレスポンスの構えは、身体の生
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き生きとした働きを抜きにしては考えられな
い。【9】こうした生きて働く身体の力が阻
害されたときに、私たちは気が通いあわない
という拒絶感を味わうことになる。
 他者の身体の動きが自分の身体の動きに移
ってくるという間身体的な力は、人間として
、あるいは生物としての基礎的な力である。
∵【0】これは、誕生以降の莫大なやりとり
によって培われる力である。保育器の中で他
者とかかわることなく長期間放置された子ど
もは、通常の子どもよりもレスポンス能力の
弱いことが報告されている。レスポンスする
ことも、多くの反復練習によって強化される
技だと見ることができる。
 かつての徒弟制度では、技は言葉で教えら
れるというよりは、実際に見てからだで覚え
て盗むものであった。「見習い」期間は、文
字どおり見て習う期間であり見取り稽古とい
う言葉もある。「からだで仕事を覚える」と
いう表現は、言葉で説明されるのではなく、
見よう見まねで試行錯誤しながら自分の技を
身につけていくという意味だ。「からだで仕
事を覚える」というのは、かつて職人の仕事
の上達法としては当然のことであった。
 こうしたことは、伝統的な職人芸において
は、共通して語られるが、現代社会の産業構
造からすれば、必ずしも万能というわけでは
ないであろう。しかし、情報が氾濫する一方
で、仕事を見て積極的に自分で技を盗むとい
う構えが希薄になっているという意見をさま
ざまなところで耳にするようになっているの
も事実だ。

(齋藤()孝著「子どもに伝えたい「三つの
力」」より)