長文集  5月1週  ○蟹のしょうばい(感)  sa2-05-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/01/06 15:40:26
蟹のしょうばい

 【1】蟹がいろいろ考えたあげく、とこや
をはじめました。蟹の考えとしてはおおでき
でありました。
 ところで、蟹は、
「とこやというしょうばいは、たいへんひま
なものだな。」
と思いました。と申しますのは、ひとりもお
客さんがこないからであります。
 【2】そこで、蟹のとこやさんは、はさみ
をもって海っぱたにやっていきました。そこ
にはたこがひるねをしていました。
「もしもし、たこさん。」
と蟹はよびかけました。
 たこはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
【3】「とこやですが、ごようはありません
か。」
「よくごらんよ。わたしの頭に毛があるかど
うか。」
 蟹はたこの頭をよくみました。なるほど毛
はひとすじもなく、つるんこでありました。
いくら蟹がじょうずなとこやでも、毛のない
頭をかることはできません。
 【4】蟹は、そこで、山へやっていきまし
た。山にはたぬきがひるねをしていました。
「もしもし、たぬきさん。」
 たぬきはめをさまして、
「なんだ。」
といいました。
「とこやですがごようはありませんか。」
 【5】たぬきは、いたずらがすきなけもの
ですから、よくないことを考えました。
「よろしい、かってもらおう。ところで、ひ
とつやくそくしてくれなきゃいけない。とい
うのは、わたしのあとで、わたしのお父さん
の毛もかってもらいたいのさ。」
「へい、おやすいことです。」
 【6】そこで、蟹のうでをふるうときがき
ました。
 ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん。∵
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 ところが、蟹というものは、あまり大きな
ものではありません。蟹とくらべたら、たぬ
きはとんでもなく大きなものであります。【
7】その上、たぬきというものは、からだじ
ゅうが毛むくじゃらであります。ですから、
仕事はなかなかはかどりません。蟹は口から
泡をふいていっしょうけんめいはさみをつか
いました。そして三日かかって、やっとのこ
と仕事はおわりました。
【8】「じゃ、やくそくだから、わたしのお
父さんの毛もかってくれたまえ。」
「お父さんというのは、どのくらい大きなか
たですか。」
「あの山くらいあるかね。」
 蟹はめんくらいました。そんなに大きくて
は、とてもじぶんひとりでは、まにあわぬと
思いました。
 【9】そこで蟹は、じぶんの子どもたちを
みなとこやにしまし た。子どもばかりか、
まごもひこも、うまれてくる蟹はみなとこや
にしました。
 それでわたくしたちが道ばたにみうける、
ほんに小さな蟹でさえも、ちゃんとはさみを
もっています。【0】

「新美南吉童話作品集」