1.ひとつの火
2. 【1】わたしが子どもだったじぶん、わたしの家は、山のふもとの小さな村にありました。
3. わたしの家では、ちょうちんやろうそくを売っておりました。
4. ある
晩のこと、ひとりのうしかいが、わたしの家でちょうちんとろうそくを買いました。
5.【2】「ぼうや、すまないが、ろうそくに火をともしてくれ。」
6.と、うしかいがわたしにいいました。
7. わたしはまだマッチをすったことがありませんでした。
8. そこで、おっかなびっくり、マッチの
棒のはしの方をもってすりました。【3】すると、
棒のさきに青い火がともりました。
9. わたしはその火をろうそくにうつしてやりました。
10.「や、ありがとう。」
11.といって、うしかいは、火のともったちょうちんを牛のよこはらのところにつるして、いってしまいました。
12. 【4】わたしはひとりになってから考えました。
13. ――わたしのともしてやった火はどこまでゆくだろう。
14. あのうしかいは山の
向こうの人だから、あの火も山をこえてゆくだろう。
15. 【5】山の中で、あのうしかいは、べつの村にゆくもうひとりの
旅人にゆきあうかもしれない。
16. するとその
旅人は、
17.「すみませんが、その火をちょっとかしてください。」
18.といって、うしかいの火をかりて、じぶんのちょうちんにうつすだろう。
19. 【6】そしてこの
旅人は、よっぴて山道をあるいてゆくだろう。
20. すると、この
旅人は、たいこやかねをもったおおぜいのひとびとにあうかもしれない。
21. その人たちは、
22.「わたしたちの村のひとりの子どもが、
狐にばかされて村にかえってきません。【7】それでわたしたちはさがしているのです。すみませんが、ちょっとちょうちんの火をかしてください。」
23.といって
旅人から火をかり、みんなのちょうちんにつけるだろう。【8】長いちょうちんやまるいちょうちんにつけるだろう。∵
24. そしてこの人たちは、かねやたいこをならして、山や谷をさがしてゆくだろう。
25. 【9】わたしはいまでも、あのときわたしがうしかいのちょうちんにともしてやった火が、つぎからつぎへうつされて、どこかにともっているのではないか、とおもいます。【0】
26.「
新美南吉童話作品集」