1. 【1】
次に
湯げが上がるときにはいろいろの
渦ができます。これがまたよく見ているとなかなかおもしろいものです。【2】
線香の
煙でもなんでも、
煙の出るところからいくらかの高さまではまっすぐに
上りますが、それ
以上は
煙がゆらゆらして、いくつもの
渦になり、それがだんだんに広がり
入り乱れて、しまいに見えなくなってしまいます。【3】茶わんの
湯げなどの場合だと、もう茶わんのすぐ上から大きく
渦ができて、それがかなり早く回りながら上って行きます。
2. これとよく
似た
渦で、もっと大きなのが
庭の上なぞにできることがあります。【4】春先などのぽかぽか
暖かい日には、前日雨でもふって土のしめっているところへ日光が当たって、そこから白い
湯げが立つことがよくあります。そういうときによく気をつけて見ていてごらんなさい。【5】
湯げは、
縁の下や
垣根のすきまから
冷たい風が
吹き込むたびに、
横になびいてはまた立ち上ります。そして時々大きな
渦ができ、それがちょうど
竜巻のようなものになって、
地面から何
尺もある、高い
柱の形になり、
非常な
速さで
回転するのを見ることがあるでしょう。
3. 【6】茶わんの上や、
庭先で
起こる渦のようなもので、もっと大
仕掛けなものがあります。それは
雷雨のときに空中に
起こっている大きな
渦です。
陸地の上のどこかの一地方が日光のために
特別にあたためられると、そこだけは、
地面から
蒸発する
水蒸気が
特に多くなります。【7】そういう地方のそばに、
割合に
冷たい空気におおわれた地方がありますと、前に言った地方の
暖かい空気が上がって行くあとへ、入り
代わりにまわりの
冷たい空気が下から
吹き込んで来て大きな
渦ができます。そして
雹がふったり
雷が鳴ったりします。
4. 【8】これは茶わんの場合に
比べると
仕掛けがずっと大きくて、
渦の高さも一里とか二里とかいうのですからそういう、いろいろな∵
変わったことが
起こるのですが、しかしまた見方によっては、茶わんの
湯とこうした
雷雨とはよほどよく
似たものと思ってもさしつかえありません。【9】もっとも
雷雨のでき方は、今言ったような場合ばかりでなく、だいぶ
模様のちがったのもありますから、どれもこれもみんな茶わんの
湯に
比べるのは
無理ですがただ、ちょっと見ただけではまるで
関係のないような
事がらが、原理の上からは
お互いによく
似たものに見えるという一つの
例に
雷をあげてみたのです。【0】
5.
湯げのお話はこのくらいにして、
今度は
湯のほうを見ることにしましょう。
6.(寺田
寅彦 大正十一年五月、赤い鳥)
7.※一里は
約三・九キロメートル。