長文 2.1週
1. 【1】ところが、千曲川ちくまがわのいきは、はやくはやく川へいきたいばっかりでしたが、かえりに、この目のさめるような赤ナスばたけのそばをとおるときは、子どもたちの心は、大きくゆらぎました。だいいち、さんざ水をあびてつかれていました。【2】いきはよいよいかえりはこわいのうたのように、子どもたちは、も心もだれきっていました。一休みして水がほしかった。そこへもってきてさかをのぼりつめたとたん、この赤ナスばたけのふうけいは、たまらなかったのです。
2. 【3】その日はどういう日だったか、がまんしきれないで、はるきち、よしお、ちよの三人で、ちよはわたしでした。とうとう、一つとってたべてみようということになって、はるきちがはたけへはいり、よしおとちよが、見はりばんでした。
3.【4】「すみのほうのをもいで、すぐにげだせばいいぞ。」
4. はるきちは、こしをこごめて、わたしたちからはなれていきました。よしおは、家へはいる道のトマトの木にかくれ、ちよは、すこしはなれたところにたって、家のほうを見つめて、見はりをしていました。
5. 【5】ここで三人は、ちょっとけいさんちがいをしていたのです。家の中から人がでてくるということばかりかんがえて、見はりばんをしていて、うしろからだれかくるかもしれないということは、かんがえてもみなかったことです。【6】それだけ、人どおりのないところだったせいもあったかもしれません。
6.赤ナスの木の葉こ はのかげに、はるきちの頭が見えていましたが、すぐ見えなくなりました。
7.「とったなーっ。」
8. ちよは、むねがどきんとしたけれど、こんなにあるんだから、一つや二つわかるものかと、気を大きくしていたときです。【7】まったくおもいがけないことになりました。わたしのたっているうしろから、
9.「これこれ、赤ナスがほしいのかね。」
10. わらい顔でひんのいいおばあさんがふろしきづつみをかかえて、こうもりがさをさしかけたまま、よびかけたのです。
11. 【8】わたしは、はっとしたまま、にげだせません。はるきちとよしおは、それっ! とばかり、ふたたび千曲川ちくまがわのほうへ、ころげるようににげだしました。わたしは、こまってしまいました。
12.「女の子がこんなことをすると、家の人がかなしがりますよ。」
13. 【9】やさしいことばでした。
14.「どこのむすめさんだね。」∵
15. わたしの顔を、しげしげとながめています。
16.(おまえは、男の子ばかりとあそんでいて、らんぼうでこまったものだ。)
17. おかあさんの顔といっしょに、毎日のようにいわれていることばが、すーっと頭の中をとおりすぎました。

18. 【0】それからあとは、そのおばあさんが、
19.「赤ナスの、とったのがうちにあるからあげるで、ふたりをよんでおいで。」
20.といって、家の中へはいりました。おばあさんが、家へはいるのを見とどけると、わたしは、ふたりのあとをおって、いっきにさか道をおりていくと、谷のほうへ、えだぶりがよくでている大きなまつの木のねもとに、ふたりともしょんぼりこしをおろしていました。
21.わたしを見ると、
22.「じゅんさがきたかよ。」
23. はるきちの大きな声でした。よしおのほうは、とおまわりだが、三の門のほうから家へかえろうと、あるきだしました。三人はさっきの元気はどこへやらで、日はくれかかるし、心ぼそかったし、それよりも、はるきちが赤ナスをとったのか、とらなかったのか、そんなはなしもひとこともでないで、とおまわりの道のほうへ、おもくなった足をはこびました。

24.『いたずらわんぱくものがたり』「赤ナスとおまわりさん」(宮口みやぐちしづえ)より