長文集  2月3週  ★(感)父のいれば  se2-02-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
【1】「ゆるりばたではしるでねえ!。」
 ねどこの中で、おこっている母の声です。
そのひょうしに、兄がちょっとひるみました
。そこでわたしは、いっきにおいつめようと
したとき、おもわず、お茶ぼんを、けっとば
したのです。
「あっ!」
 【2】わたしは、からだじゅうから、ちの
けがひいていくほど、びっくりしました。や
っと、つやのでてきた、ばんこやきのきゅう
すを、父が、どんなにだいじにしているか、
よくしっていたからです。
 はいの中にころげおちたきゅうすを、そっ
とひろいあげました。【3】こわごわと、さ
し口や、ふたにさわってみました。兄も、し
んぱいそうにのぞきこみました。
 こわれては、いませんでした。ひびもはい
っていないようです。あわてて、ながしへも
っていって、はいをあらいおとし、もとのと
ころへおいて、ふきんをかぶせました。
 【4】兄も、だまって、もちをやきはじめ
ました。
 そこへ、父のほうが、さきにおきてきたの
です。だまって、たばこを一ぷくすうと、い
つものように、いればをもって、顔をあらい
にいこうとしました。
 お茶ぼんのふきんを、めくりました。はが
ありません。
 【5】わたしは、どきっとしました。きゅ
うすのことばかりがしんぱいで、それまで、
いればのことは、わすれていたのです。それ
でも、だまって下をむいていました。
「おーい。ゆうべは、はをどっかへしまった
か?」
 【6】父は、まだおきてこない、母のほう
へいいました。はのない父のことばは、声が
もぐって、よくききとれません。
「ちっとゆっくりしてえのに、みんなでうる
せえだから。」
 母はぶつぶついいながら、おきてきました

【7】「おぼんの上には、ねえだかい。」
 そういいながらも、母は、戸だなの戸を、
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しめたり、あけたりして、さがしはじめまし
た。
(あってくれますように――。)わたしは、
からだをかたくして、いのるおもいでした。
兄もだまっています。
【8】「おまえたちは、さっき、おぼんをけ
とばしたんじゃあ、あるまいなあ。」
 くるりとこちらをむいた、母は、おそろし
いまでに、こわい顔になっていました。
 いろりばたにひざをつくと、長い火ばしで
、はいの中を、かきまわしはじめたのです。
【9】父もさがしましたが、ありません。
 しまいに、もえているマキをくずし、火の
中までもさがしまし∵た。すると、小さくし
ぼんで、もとのかたちなどなくなっている、
いればらしいものが二つ、まっかなおきの中
からでてきたのです。
 【0】わたしも兄も、もういろりばたから
は、とおくさがった、いたのまに、ひざをそ
ろえて、すわっていました。
「ゆるりばたでさわいじゃあ、なんねえって
、あれほどゆってることが、わからねえだか
。いればをつくるには、たんと、金がかかる
だよ、金をだしたって、いまいって、すぐ買
えるものじゃあなかんべあ。はがなかったら
、けさっから、なにもかめねえだよ。おまえ
たちも、なにもくわずにいるといい。」
 母は、こまったのはとおりこして、もうや
けっぱちのように、おこりちらしました。
 そのころ、わたしの村には、まだ、はいし
ゃさんはありませんでした。町までは、とま
りがけでなければ、いかれなかったじだいで
す。
 はのない父は、おこりたいことばさえ、う
まくはしゃべれなかったのでしょう。こわい
顔で、たばこだけをすっていました。

 じぶんでも、もういればのせわになる年に
なりました。あの朝の父のかなしさや、母の
はらだたしさがとてもよくわかって、すまな
く、それでも、なつかしくおもうのです。

『いたずらわんぱくものがたり』「父のいれ
ば」(宮川ひろ)より

おき(すみがほのおを上げないでもえている
じょうたい)