長文集  3月2週  ○先生だって人間だぞ!  se2-03-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/09/28 13:55:08
 【1】しんがっきが、はじまりました。
 ぼくたちの四年男子組のうけもちは、とな
り町からうつってきた森先生にかわりました

 森先生は、はじめてのじゅぎょうのとき、
「きょう女子組の先生から、男子組のせいと
が、ヘビのようなものをつかって、女子をお
どしたり、なかせたりするものがいるから、
げんじゅうにちゅういしてくれといわれた。
【2】よわいものいじめはよせ! 男子らし
くないぞ。」
といって、口をきつくむすんで、こわい顔を
して見せました。ぼくたちの組の男子は、そ
のはん人が、だれであるか、ひとりのこらず
しっていましたが、みんなしらん顔をしてだ
まっていました。
 【3】そのとき、ガキだいしょうの勝五郎
が、「ふん」と、はなをならしました。勝五
郎は、よくないことをけいかくするまえに「
ふん」とはなをならすくせがありました。(
で、あいつ、なにかやるつもりだな。)と、
ぼくはすぐかんじたのです。
 【4】この小学校でも、あたらしい先生が
きたときは、なにか、いたずらをして、先生
をびっくりさせたり、おこらせたり、おおわ
らいをして、からかったりするのが、しきた
りのようになっていました。【5】いたずら
のさしずをするのは、ずうっとまえから、ま
えのガキだいしょうが、つぎのガキだいしょ
うにひきつぐとりきめになっていたのです。
「おい、みんな、ひる休みに校ていのサクラ
の木の下にあつまれ、省ちゃんは、ぞうりぶ
くろをもってくるのだぞ。」
 【6】勝五郎のめいれいが、耳から耳へま
たたくまにつたわりました。
 ぼくが、ぞうりぶくろをもってサクラの木
のところへいくと、もう、勝五郎の子分いち
どうが、顔をそろえてまっていました。
 【7】勝五郎は、ぼくから、ぞうりぶくろ
をうけとると、じぶんのふところから、ぼく
のヘビをひっぱりだしてふくろの中にいれま
した。
「いいか、みんな、このふくろを、教卓の上
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にのせておくんだ。【8】先生が、だれだ、
このようなけがらわしいものをここにおいた
のは、とかなんとかいいながら、ふくろの中
に手をいれる……、それからは、見てのおた
のしみだぞ。」
 勝五郎は、そこでまた、「ふふ」と、とく
いのはなをならしました。∵
 【9】いたずらがうまくなければ、ガキだ
いしょうにはなれないというけれど、まった
く、そのとおりでした。
 いよいよ、午後のじゅぎょうはじめのかね
の音が、きこえてきました。
 四年男子組のきょうしつの中は、しいーん
と、しずまりかえっています。【0】これか
ら、なにがおきるか、みんな、おもいおもい
のばめんを頭にうかべて、いきをのみこんで
まっていたのです。
 やがて、ろうかのむこうから、先生の足音
がきこえてきました。ガラッと、音をたてて
、ドアがひらき、一ぽ一ぽ、先生が教卓にち
かづいてきます。それから(なんだこれは?
)とふくろに手をかけるまでの、はらはらど
きどきのスリル……、このすばらしい気もち
を、なににたとえていったらよいのでしょう

 先生は、勝五郎がかいた、げきの台本(す
じがきの本)をそっくりそのまま、じつえん
するように、ふくろをもちあげ、口をひらい
て中に手をいれました。
「なにがはいっているんだ。けったいなもの
だぞ、これは……。」
 そこまでのことばは、ふつうのおちついた
ちょうしでした。が、つぎのしゅんかん!
「うわっ?」
 先生は、せいとが目のまえにいるのもわす
れ、はじもがいぶんもふっとばしたような、
さけびをあげながら、手にもったヘビを、ま
どをめがけてなげつけました。
 ほんもののヘビだとおもって、びっくりぎ
ょうてんしている先生を見て、ぼくたちは、
わあ!と、かんせいをあげました。なんだ 
か、むねの中にたまっていたものが、ふっと
んでいくようなふしぎな気もちがしました。
 が、先生は、まどガラスにぶつかって、ゆ
かいたの上におちてきたヘビを見て、はじめ
て、これがもんだいのヘビのおもちゃとわか
りました。すると、おそろしさが、はずかし
さにかわったのでしょう。青くなった顔が、
まっかないろにかわりました。そして、ぞう
りぶくろにかいてある名まえをよむと、すぐ
、ぼくのまえにきて、
「人間は感情のどうぶつだぞ! おれだって
、人間だぞ! ばかにするな!」
と、大声でどなりながら、ぞうりぶくろで、
ぼくのほおを力まかせになぐりつけました。
 ぼくが、うるんだ目で、勝五郎のほうを見
ると、かれは、しらん顔で、「ふん」とよこ
をむきながら、また、はなをならしているの
が、なみだににじんで見えていました。∵
 ぼくは、そのとき、はじめて「人間は感情
のどうぶつだぞ!」ということばをおぼえた
のでした。そうして、六十年もたったいまで
も、そのことばが、なぐられたいたさととも
に、ぼくの心の中にいきつづけてきたことを
、わすれることができません。

『いたずらわんぱくものがたり』「先生だっ
て人間だぞ!」(猪野省三)より