長文集  3月3週  ★(感)おやつどろぼう  se2-03-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
【1】「なにか、ないかなァ。」
と、家じゅうの戸だなをあけてみましたが、
きょうにかぎって、いつもよういしておいて
くれる四人分のおやつがありません。
 そのとき、おもいだしたことがありました
。【2】せんだっての夕方、うちへ、大きな
ブリキかんをとどけにきた人がいて、かあさ
んが、
「なにしろ、たべざかりが、こんなにおおく
ちゃ、このせつ、おやつ代だって、ばかにな
りませんからね。」
といいながら、お金をはらっていたのです。
【3】「そうだ、あれはきっと、おかしの買
いだめにちがいない。あれだ!」
と、気づいたまではいいけれど、さて、どこ
にしまったのかな? みんながるすなのをさ
いわい、あっちこっち、おしいれや戸だなを
さがしているうちに、ありました! 【4】
しんさつしつの入り口のかげがかいだんにな
っている、そのふくろ戸だなの、ふるしんぶ
んがつんであるかげに、そのかんが見つかっ
たのです。
「なんだ、こんなところに。」
ふたをあけてみると、やっぱり! あの、さ
かなのかたちをした、小さい、あめいろのお
せんべいが、ぎっしりつまっています。
 【5】わたしは、はっと、いきをのみまし
た。いつもなら、十つぶぐらいずつ、かぞえ
てわけてもらうおいしいおかしが、こんなに
たくさん、目のまえで「たべてください」と
いっています。それにぷーんと、いいにおい

 【6】わたしは、金貨の山をまえにしたよ
くばりじいさんみたいに、手ですくってはあ
け、またすくって、たのしんでいましたが、
おもいきって、りょう手をおさらにして、山
もりすくうと、たちあがりました。さて、か
んのふたが、しめられません。【7】そこ 
で、いったんぜんぶ、かんの中にあけて、こ
んどは、おでこで、ふたをおさえ、すくって
からそーっとおでこをはずしてみます。うま
くいきました。こんどは、戸だなの戸をしめ
るばん。りょう手がつかえないから、足でし
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めるしかありません。【8】おもいガラス戸
なので、ガラガラッと大きい音がします。大
いそぎでこれだけやると、べんきょうべやに
もどって、一つずつ口にほおばります。その
おいしいこと。たべおわるころは、おなかが
いっぱい。
 それからかんがえました。【9】おかしが
、きゅうにへったと、かあさん、気がついて
、おこるかな? いや、あんなにあるんだか
ら、わかりっこない。いもうとたちに、おし
えてあげようか。い や、三人のうち、だれ
かがつげ口するかもしれない。【0】それ 
に、みんながまねをしたら、たちまちかんが
からっぽになって、すぐバレてしま∵う。だ
まっていよう。
 この日からわたしは、おやつどろぼうのあ
じをおぼえました。しけんべんきょうのとき
なんか、ま夜中にもやりました。
 わたしは、このときのことを、ずっと大き
くなっても、だれにもいいませんでした。だ
って、ふだんねえさんぶっていながら、こん
な、しょうのないくいしんぼだと、しられた
くなかったからです。ところが、あとで、と
んでもないことをしりました。いいえ、あた
りまえといったほうがいいのかもしれません

 とうさんが七十八さいでなくなり、初七日
もすんで、みんながあつまったときのことで
す。しごとも、とうにやめて、さびしくなっ
たかあさんをかこんで、いまはおとなになっ
たきょうだい四人がこたつにはいり、とうさ
んのむかしばなしや、じぶんたちの子どもの
ころのおもいでを、はなしあっていました。
そのとき、わたしが、「じつは、とってもは
ずかしいはなしだけれど」と、おやつどろぼ
うのことをはくじょうしました。
 そしたら、
「あらっ、ねえさんも?」
「わたしもよ。」
「わたしだけかとおもった。」
と、いもうと三人が、いっしょにわらいだし
ました。そして、めいめい、「わたしはこう
して」「わたしは、こんなふうに」と、その
ときのまねをして見せました。
 かあさんの顔を見ると、しわだらけの顔が
わらっています。
「そうそ、そんなことがあったね。おさげや
ら、おかっぱやらの、頭の黒いネズミどもが
、四ひきも、かわるがわるしゅうげきするん
だものね。なんでもまとめて買えば、やすく
つくとおもったけど、おかしだけは、あてが
はずれたよ。とんだかんがえちがいさ。」
「なあんだ、かあさん、しってたの。」
「しらないもんかね。」
「どうして、おこらなかったの。」
「どんなにびんぼうしていたときでも、たべ
もののことで、かあさんおこったことが、あ
ったかね。」
 ほんとに、そうでした。さすがに、かあさ
ん、むすめたちより、なんまいも上でした。

『いたずらわんぱくものがたり』「おやつど
ろぼう」(増村王子)より