長文 3.3週
1.【1】「なにか、ないかなァ。」
2.と、家じゅうの戸だなをあけてみましたが、きょうにかぎって、いつもよういしておいてくれる四人分のおやつがありません。
3. そのとき、おもいだしたことがありました。【2】せんだっての夕方、うちへ、大きなブリキかんをとどけにきた人がいて、かあさんが、
4.「なにしろ、たべざかりが、こんなにおおくちゃ、このせつ、おやつだいだって、ばかになりませんからね。」
5.といいながら、お金をはらっていたのです。
6.【3】「そうだ、あれはきっと、おかしの買いだめにちがいない。あれだ!」
7.と、気づいたまではいいけれど、さて、どこにしまったのかな? みんながるすなのをさいわい、あっちこっち、おしいれや戸だなをさがしているうちに、ありました! 【4】しんさつしつの入り口のかげがかいだんになっている、そのふくろ戸だなの、ふるしんぶんがつんであるかげに、そのかんが見つかったのです。
8.「なんだ、こんなところに。」
9.ふたをあけてみると、やっぱり! あの、さかなのかたちをした、小さい、あめいろのおせんべいが、ぎっしりつまっています。
10. 【5】わたしは、はっと、いきをのみました。いつもなら、十つぶぐらいずつ、かぞえてわけてもらうおいしいおかしが、こんなにたくさん、目のまえで「たべてください」といっています。それにぷーんと、いいにおい。
11. 【6】わたしは、金貨きんかの山をまえにしたよくばりじいさんみたいに、手ですくってはあけ、またすくって、たのしんでいましたが、おもいきって、りょう手をおさらにして、山もりすくうと、たちあがりました。さて、かんのふたが、しめられません。【7】そこで、いったんぜんぶ、かんの中にあけて、こんどは、おでこで、ふたをおさえ、すくってからそーっとおでこをはずしてみます。うまくいきました。こんどは、戸だなの戸をしめるばん。りょう手がつかえないから、足でしめるしかありません。【8】おもいガラス戸なので、ガラガラッと大きい音がします。大いそぎでこれだけやると、べんきょうべやにもどって、一つずつ口にほおばります。そのおいしいこと。たべおわるころは、おなかがいっぱい。
12. それからかんがえました。【9】おかしが、きゅうにへったと、かあさん、気がついて、おこるかな? いや、あんなにあるんだから、わかりっこない。いもうとたちに、おしえてあげようか。いや、三人のうち、だれかがつげ口するかもしれない。【0】それに、みんながまねをしたら、たちまちかんがからっぽになって、すぐバレてしま∵う。だまっていよう。
13. この日からわたしは、おやつどろぼうのあじをおぼえました。しけんべんきょうのときなんか、ま夜中にもやりました。
14. わたしは、このときのことを、ずっと大きくなっても、だれにもいいませんでした。だって、ふだんねえさんぶっていながら、こんな、しょうのないくいしんぼだと、しられたくなかったからです。ところが、あとで、とんでもないことをしりました。いいえ、あたりまえといったほうがいいのかもしれません。
15. とうさんが七十八さいでなくなり、初七日しょなのかもすんで、みんながあつまったときのことです。しごとも、とうにやめて、さびしくなったかあさんをかこんで、いまはおとなになったきょうだい四人がこたつにはいり、とうさんのむかしばなしや、じぶんたちの子どものころのおもいでを、はなしあっていました。そのとき、わたしが、「じつは、とってもはずかしいはなしだけれど」と、おやつどろぼうのことをはくじょうしました。
16. そしたら、
17.「あらっ、ねえさんも?」
18.「わたしもよ。」
19.「わたしだけかとおもった。」
20.と、いもうと三人が、いっしょにわらいだしました。そして、めいめい、「わたしはこうして」「わたしは、こんなふうに」と、そのときのまねをして見せました。
21. かあさんの顔を見ると、しわだらけの顔がわらっています。
22.「そうそ、そんなことがあったね。おさげやら、おかっぱやらの、頭の黒いネズミどもが、四ひきも、かわるがわるしゅうげきするんだものね。なんでもまとめて買えば、やすくつくとおもったけど、おかしだけは、あてがはずれたよ。とんだかんがえちがいさ。」
23.「なあんだ、かあさん、しってたの。」
24.「しらないもんかね。」
25.「どうして、おこらなかったの。」
26.「どんなにびんぼうしていたときでも、たべもののことで、かあさんおこったことが、あったかね。」
27. ほんとに、そうでした。さすがに、かあさん、むすめたちより、なんまいも上でした。

28.『いたずらわんぱくものがたり』「おやつどろぼう」(増村ますむら王子)より