長文集  7月4週  ○昆布の旨味  si-07-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:38:35
 ドイツの心理学者が、味には、塩味(しお
み)、酸味、甘味、苦味の四つの基本の要素
があって、どんな味もその組み合わせででき
ているという説を発表して以来、基本の味に
ついてはもうこれ以外にないと思われていま
した。しかし、味覚を研究していた日本人の
化学者たちは、これにもう一つ、旨味を加え
るべきだと主張しました。
 この旨味の成分を発見し、初めて学会に報
告したのは、池田菊苗(きくなえ) 博士(
はくし)です。博士(はくし)はある日、夕
飯を食べていて、妻が作ったお吸い物のあま
りのおいしさに感動を覚えたのです。そして
、「この味は、四つの基本味だけで出せる味
ではない」と確信し、旨味の研究に取りかか
りました。
 お吸い物のだしは、昆布でとられていまし
た。そこで博士(はくし)は、四十キログラ
ムもの昆布からだし汁を作り、そこから旨味
以外のすべての成分を取り除いていくという
、気の遠くなるような作業を続けました。そ
して最後に残った旨味の正体が、グルタミン
酸という物質であることをつきとめたのです
。池田博士(はくし)はこれを学会に報告す
るとともに、調味料として大量生産する方法
を発明しました。そしてこの旨味の素は、「
味の素」として商品化され売り出されました

 旨味の成分は、池田博士(はくし)が発見
したグルタミン酸以外にもあります。たとえ
ば、煮干しや鰹節のだしの旨味はイノシン 
酸、干しシイタケやマツタケの旨味はグアニ
ル酸です。だしの味は外国にもないわけでは
ありません。西洋料理には肉類と香味野菜を
煮込んでとるスープストックやブイヨンと呼
ばれるだしがありま す。中華料理では、鶏
(とり)ガラや干しエビ、白菜やネギなど、
やはりさまざまな材料を煮込んで「湯(たん
)」と呼ばれるだしを作ります。
 このように旨味は確かに味をよくする成分
であるとは認められていましたが、旨味が第
五の基本味であるということは、世界の人々
∵になかなか受け入れてもらえませんでした
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。しかし、最近になってようやく、旨味は第
五の味として認められ、そのまま「UMAM
I(ウマミ)」という用語となって世界中に
知られるようになったのです。
 それでは、旨味は、なぜおいしく感じられ
るのでしょうか。それは、旨味の成分が、私
たちの体を作るために欠かせないものだから
だと言われています。グルタミン酸はアミノ
酸というグループに属し、イノシン酸やグア
ニル酸は核酸と呼ばれるグループに入る化学
物質です。そして、この両方ともが、私たち
の体を作るのにとても必要なものなのです。
つまり、体の方で、ちゃんとこれらをおいし
く、たくさん取り込むようにできているのか
もしれません。
 旨味は少量の塩が入ることで、より強くな
ります。また、ちがうグループの旨味を組み
合わせることによっても、ぐんとおいしさが
上がることがあります。したがって、うまく
旨味を利用すること で、かえって塩分を減
らしたり、よりおいしい味付けにしたりする
ことも可能になるのです。
 ところで、昆布の旨味を発見した池田博士
(はくし)は、ロンドンに留学していたとき
、同じくロンドンに留学していた文学者の夏
目漱石に会っています。もしかすると、夏目
漱石と、「日本料理のおいしいだしの味が恋
しいなあ」などと話をしていたのかもしれま
せん。

 旨味の研究は、一杯のお吸い物から始まり
ました。
 昆布のだしによろコンブ池田博士(はくし
)の笑顔が、研究の出発点だったのです。

 言葉の森長文(ちょうぶん)作成委員会(
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